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「……歩がベランダに出たくなったときは、出してあげるつもりだよ」
「え?」
「たまには外の空気を味わうのもいいし、鳥と友達になるのも、君の自由だからね」
歩は中途半端に開きかけていた唇を尖らせると、彼の膝から降りた。
「すぐそういうこと言う……」
幸せで満たされたプールに歩を浮かばせておきながら、なぜ、いきなり栓を外して水を抜くようなことをするのだろう。
腰を上げて窓際に立つと、背後から抱き寄せられた。
顔を覗き込まれたがそっぽを向いて、応じてなどやらなかった。
「もー、そんなエッチな格好で窓際に立たないの」
服を貸してくれないのはそっちなのに、なにがエッチだ。それに、下着は身につけている。
返事をせずにいると、両太ももを撫でてきた。
「ちょっと、くすぐったい」
素っ気なく言い放つと、神楽坂はさらに面白がり、Tシャツの中に手を入れてわき腹や乳首を撫でつけてきた。
こそばゆさに身を捩るが、彼は許してくれず、意地悪な耳打ちまでしてくる。
「青くて綺麗な鳥さんがずっと君の肩にとまってたじゃない。仲良くしてたんでしょ?」
「それは、恭ちゃんが俺を、ベランダに放り出したから……」
唇を塞がれて好都合だった。
そのままでいたら、グダグダした言い訳がこぼれ落ちるだけだ。
それに、玄とのことは、一時の過ちだったとは思わない。神楽坂の言う通り、すべては自分で決めて動いたことだった。
「ん……っ」
体を密着させ、歩からもキスを返した。
彼は舌を絡ませながら、ふたたび太ももから尻までを撫でまわしてきた。
しばらくは大人しく応じていたものの、内腿の隙間に掌を差し込まれた時、あまりのくすぐったさに耐えかねて、ついに唇を離してしまった。
「ちょっとー、ほんとやめて!」
「歩の脚見てると、触りたくなっちゃうんだもん」
がっちりと腰に手を巻きつけられ、体を解放してくれそうな気配はない。
仕方なくされるがままになりながらも、時折、身を捩って抵抗した。
「いつだったか、今みたいな長めのTシャツに、スキニーパンツだった時あったでしょ。その時から思ってた。触ってみたいって」
「うわー、変態だねー」
「ねー、変態だよー、どうしましょー」
彼の軽い口調に、思わず吹き出してしまった。
ひとしきり笑い合い、彼の行為が鎮まると、歩はようやくその胸に後頭部を預けた。
「でもその変態が好きなんでしょ。君はさ」
彼がふと真顔になって見下ろしてくる。
その不敵な笑みを見て、なんとなくだが歩は悟った。
先ほどのあれは、いわば彼の自信————歩がベランダに出る気も、誰かの止まり木になる気もないことを熟知したゆえの発言であったことを。
「好き。変態おじさんが、大好き……」
素直に言って、彼の腕に頰をすり寄せると、そのままフローリングに押し倒された。
自分が彼の元に落ちた幸福ならば、与えられるかぎりを注ぎたい。
今は臆病な彼がいずれ傲慢になるぐらいに——存分に甘やかしたかった。
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