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神楽坂に続いて店内に入る。彼は牛乳の置いてある棚には直行せず、菓子売り場に向かった。
周が来た時のための置き菓子でも物色しているのだろう。
一方、何も買う予定のない歩は、いつもの習慣でなんとなく雑誌コーナーに立ち寄った。
棚をひと通り見回すと、いちばん前に差してある『ONe』の最新号が目に留まり、手に取る。
今号の表紙を飾っているのは今クールのドラマに主演している俳優だったが、巻頭のカラーページを開くと、白いシャツにメガネ姿でまっすぐに立つ玄の姿があった。
シンプルなシャツ一枚でも、彼が着ると様になる。
文字までは追わずに写真だけをしばらく眺めてから、そのまま中面をパラパラとめくった。
本を閉じかけると、まるでそれを引き止めるかのように、留めのカラーページにふたたび玄が現れて——歩はぼんやりと思った。
彼は今、どうしているだろうか。
自宅に行ったあの夜以来、連絡を取っていない。
とはいっても、いつも彼が一方的に寄越すだけで、こちらから連絡したことはないのだけれど。
雑誌の中の玄を見つめていると、次第にわからなくなってくる。
彼と過ごした、たった数回の出来事、あれは果たして現実だったのか————
あれからしばらく経って、街中のあらゆる場所で彼と目が合うたびに、まわりが言っていた「住む世界が違う」という意味が、ようやくわかってきた。
はじめからわかっていたら、出会ったのが今だったら——おそらく近づけなかっただろう。
「おまたせ」
神楽坂が肩に顎を乗せてきた時、彼の手元でビニール袋の擦れる音がした。
「あ、終わった?」
「うん」
歩が雑誌を閉じて棚に差しても、彼はしばらくそのままの体勢でいた。
ぴたりと重なり合う姿が窓ガラスに映って、やや動揺する。
「今月号の巻頭のそれ、玄君。かっこいいよね」
「そうだね」
歩の素っ気ない返事に、笑いながら体を離すと、神楽坂は先に店から出て行ってしまった。
慌ててその後をついていくと、彼は入り口の脇に寄って、歩を待っていた。
「改めて思うんだけど、歩ってすごいよ」
「なにが?」
「あの玄君に好意を寄せられるって、なかなかないことじゃない。それにバレンタインには4個もチョコレート貰ったんでしょ? ひと目見た時からモテるだろうなとは思ってたけど、想像以上だったな」
感心したように言った。
——彼は時々、歩のことを他人事のように話す。
どこか突き放すようなその言い方には、もう慣れてしまっていたが、それでもやはり傷ついた。
「まあね。恭ちゃんのことも、変態おじさんにしちゃったし?」
悟られぬよう戯けて言うと、彼はにんまりと笑ってから、軽く腕で小突いてきた。
その腕に絡みつきながら、身を寄せ合うようにしてマンションの中に入った。
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