番外編  100日後の落下傘

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いきなり食い込んできた玄の名は、朦朧としかけた歩の意識を一気に目覚めさせた。 「え?」 「キスしたって言ってたでしょ」 絶句した。 彼が、付き合い始めてから自分と玄とのことについて言及してくるのは、これが初めてだったからだ。 「2……回」 回数までいちいち覚えていないし、カウントのしようもない。 ただ、彼の場合、黙ったままごまかされてはくれなさそうなので、とりあえずの数字を申告するしかなかった。 「どういうふうにしてあげたの?」 「え? どうって?」 「歩は、彼に」 歩はパーカーの裾を握りしめたまま、しばし戸惑った。 視線を泳がせてみても、神楽坂は動じない。そのうすら笑いが、空恐ろしかった。 「同じようにしてみて」 ね、と念を押される。 躊躇しながらも、歩は彼に唇をぶつけ、歯をこじ開けて舌を吸った。 玄にそうしたかどうか、記憶はもう定かではない。いつも神楽坂にするようなものを仕掛けただけのことだった。 「すごいね」 「……え?」 「俺のこと好きって言っておきながら、彼にもこんなふうにしてたの?」 彼の口調は穏やかだったが、語尾に微かな棘を感じた。 嫉妬の片鱗のようなものは、たちまち歩を心地良くさせ、思考や記憶をあやふやにさせる。 どう返事をするかなど、もはやもう、どうでもよかった。 「あ……」 下半身に手が伸びてくる。 下着の上から先端を刺激するように撫でられて、声が上擦ってしまった。 「ここは?」 敏感になったそこを、人差し指で弧を描くようになぞられて、息を呑んだ。 彼の短い質問の意味が、いいかどうかということではなく、先ほどの続きであることはわかっていた。 どう返事をしたらいいのだろう。 ろくに機能していない頭のなか、焦ったい刺激に荒い呼吸を繰り返しながら、必死に思考を巡らせる。 いくらなんでも、キスとはわけが違う。性的な接触について赤裸々に白状するのは躊躇いがあった。 「ここは触らせたの?」 しかし、彼のまっすぐな視線が、歩を捉えて離さない。 それに、たとえこのまま口を割らなかったとしても、この長い沈黙ですでにバレてしまっているだろう。 「ん……」 身を捩りながら曖昧に声を出すと、神楽坂は首を傾げながら見下ろしてきた。 「触らせたんだ?」 「うん……」 肯定した時、彼が微かに眉を寄せたような気がしたが、眼鏡のフレームが邪魔をして、確信はなかった。 まじまじと見つめる暇もなく、うつ伏せにされる。 四つん這いにさせられ、荒々しく下着を下ろされた時——歩は、表しようのない感情で胸が締めつけられるのを感じた。 彼の指が背中を伝ってくる。それが尾てい骨あたりにまで達した時、歩はゆっくりと息を吐きながら、体の力を抜いた。 まもなくして、覚悟していた通り、指が体内に入ってきた。 「あ……っ」 腰を突き出し、身をくねらせながら、顔をソファーに埋める。 彼の視線を背後からじっとりと感じて、たまらなく恥ずかしかったが——なす術もない。 快楽に縛られて、もうされるがままだった。
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