フラッシュ 02

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「アユ君」 通りの良い声で呼ばれて、ぼやけていた視界のピントが合う。 振り返ると、神楽坂が片手を上げて近づいてくるところだった。 上質なフランネルでできたグレーの無地のシャツに、下はゆったりとしたパンツ。 遠目から見ると彼自身もモデルのようだった。 「ごめんね。変なこと頼んじゃって。撮影してたんだけど、一点、調達し忘れちゃっててね。バタバタしてて取りに行く時間がなかったから助かった」 神楽坂は紙袋を受け取って、中身を見た。 「それで合ってますか?」 「うん。大丈夫」 よかった。 そう言いかけ、慌ててポケットをまさぐった。 「あと、忘れるとこでした。ハンカチ」 「あー、そうだ。忘れてた! わざわざありがとね」 神楽坂はそれも紙袋に入れた。 物の受け渡しが終わってしまうと、途端に手持ち無沙汰になって、歩はバックパックの持ち手を強く握った。 じゃあこれで———— 神楽坂からすれば、せっかく来てくれた客人を無碍に扱うわけにもいかないだろう。自分から別れを告げなければいけないのはわかっていたが、なかなか言葉が出てこない。 そして今更、自分が極度に緊張していることに気付いた。 「あ、スタジオね。地下にあるんだけど、少し覗いてく?」 思いがけない誘いだった。 「……忙しいのに、邪魔じゃないですか?」 「全然。カメラマンに立ち合ってるだけだから、今は俺も暇だし。まあブツ撮りだからモデルさんとかはいないけどね。来る?」 「せっかくだから見てみたいです」 自然と、笑顔になっていたらしい。 神楽坂は「そんなに面白いもんじゃないけど」と釘を刺しながらも、嬉しそうに頭をかいた。 彼の後を追い、先ほどとは違うエレベーターへと乗り込んだ。 搬入などに使う基らしく、地下まで各階に停まるようだ。保護のためか、ベニヤ板のようなものが壁に面して打ち付けられていた。 「なんでわざわざアユ君が来てくれたの?」 神楽坂はB1と書いてあるボタンを押すと、うっすらと笑みを浮かべて覗き込んできた。 口調はいたって普通で、それが純粋な疑問であることはわかっていたが、それでもやはり、慌てふためいてしまう。 間があいて、歩はようやく言い訳を思いついた。 「三月が……アイス奢ってくれるっていうから」 言ったすぐそばから後悔が押し寄せてきたが、それを聞いて神楽坂はからからと笑うだけだった。 「そうかー、それじゃ俺は彼に感謝しないとな」 「え?」 「おかげでもう一度、アユ君に会えたからさ」 心臓がやかましく音を立てる。 言葉に詰まっているうちに扉が開いて、発するタイミングを失ってしまった。 俺もです———— 先行する背中に向かって、心の中で呟いた。
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