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フラッシュ 03
ドアの開く音に反応し、視線がこちらに集まった。
脚立に座り、大ぶりなカメラをかまえた男性と、洋服をパイプハンガーにかけている若い女性からのものだった。
「え、バイトの子って高校生だったんですか?」
スチームアイロンを服にかざす手を止め、女性は歩の姿をまじまじと見つめてきた。
アイロンからのぼる湯気が、ほわんと揺れる。
彼女をどこかで見たことがある気がしたが、具体的には思い出せなかった。
「彼、土屋歩くん。松木さんがピックアップし忘れたウェアを、わざわざ持ってきてくれました」
瞬間、神楽坂の手が肩に置かれて、思わず力が入ってしまった。
「もー。さりげなく嫌味入れないでくださいよー。本当にありがとうございました。神楽坂の部下の、松木です」
女性は毛先が外にはねたボブを揺らしながら会釈した。その拍子に、髪の内側からアッシュブラウンのインナーカラーがのぞく。
「で、そっちのクマさんみたいな彼が村瀬君。彼は外部の——フリーカメラマン」
村瀬は軽く挨拶を寄越しただけで、ふたたびレンズを覗き込んでしまった。
「今はアウターの撮影をしてるんだ。カタログページだから点数がけっこうあってね」
「雑誌かなにかの?」
「あ、うん。うちの部署、Webと紙、両方やっててね。紙の方は季刊で年4回出してるの。『Caesar』って聞いたことない?」
歩がもらした微かな困惑に、松木は目敏く気付いて口を挟んできた。
「3、40代が対象読者の、しかも創刊して1年経たない媒体を知ってるわけないじゃないですか。土屋君、高校生ですよ」
ねぇ?と言われ、歩はたじたじになった。
「あ、見たことはあるかもしれないんですけど……」
「10代なら『ONe』とかだよね。それは読んだことある? ってか今の高校生って雑誌読むの?」
矢継ぎ早に問われて、歩はひたすら曖昧な返答を繰り返した。
まさか、版元の人々の前で馬鹿正直に「読んでないですねー!」などと言えるはずもない。
「もうメインカットの撮影入ってる?」
神楽坂が話を切り替えてくれた時は、助かったと思った。
松木は首を左右に振ってから、思い出したようにハンガーにかかったひとつを取り出し、神楽坂に見せた。
それは、フード付きのパーカーのようだった。
「M社のこれ、メインカットで出すやつなんですけど、フードとポケットのとこが立体的になってて、置き撮りだとなんかかっこよく撮れないんですよ。場合によっては構成も変わっちゃうんで、どう見せるか神楽坂さんに相談したくって。だからとりあえずサブカットを先に全部押さえたんですけど」
「そのパーカー、試しに撮ったんでしょ。一応見せて」
神楽坂は誌面の構成案らしきものが書かれている紙をまじまじと見てから、村瀬に声をかけて、彼のノートPCを覗き込んでいた。
構成案には、右ページにメイン商品一点の写真とテキスト、左ページにそのほかのラインナップらしき商品写真がカタログのように小さく並んでいる構成になっていた。
先ほど松木の言っていたサブカットというのは、この左ページに掲載される小さな写真のことなのだろう。
まず、構成案が手書きなことに歩は驚いた。
てっきり、こういうものはデジタルで作るものだとばかり思っていたからだ。
「この企画、7ページだっけ?」
「はい。扉ページと、1社ひと見開きで3社分。だから、メインカットはまだ丸々、3カット分残ってます。ちなみに土屋君が持ってきてくれた分もメインです」
「タイアップじゃないよね?」
「じゃないです。クライアントにも一応、事実確認のために校正とりますけど、あくまで編集ページなので、内容についてはうるさく言ってこないと思いますよ」
そこでまた神楽坂はこちらを見て、なにかを思いついたように眉を上げた。
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