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「アユ君ってさ、服のサイズはM?」
神楽坂はこちらが返事をする前にハンガーにかかったままのパーカーを胸元に当ててきた。
「あー、ちょうど良さそう。ちょっと着てみてくれる?」
気づくと松木が背後からバックパックを剥がすようにして受け取り、空いたほうの手を差し出してきた。「ブレザー預かるよ?」という合図らしい。
言われるがままにブレザーを脱ぎ、パーカーを羽織った。
神楽坂がポケットとフードを整えるために至近距離まで来たとき、緊張で一瞬、呼吸を止めてしまった。
ふたたび息を吸い込んだ時、彼の首筋からは相変わらずいい匂いがした。
「あー、やっぱ実際に着てたほうがいいね。フードの立体感がちゃんとわかる。メイン3点は着画でいこうか。置き撮りのサブカットはもう全部おさえてあるんだよね?」
「はい。さっき終わりました」
「じゃあ村瀬君、セット変えちゃっていいよ」
会話の要領を掴めぬまま、いろいろなことがめまぐるしく回る。
村瀬は脚立を使って骨組みのようなものを作り、歩はいつのまにか松木に全身、着替えさせられていた。
「あの、俺が着るんですか……?」
あまりのスピード感に閉口したままだったが、ヘアワックスで髪を整えられた時、ようやくひと言、発することができた。
全員が今はじめて気づいたように目を丸くする。
「あ、言ってなかったね。もしかして校則とかで引っかかる?」
「いや、それは大丈夫なんですけど……」
こういうつもりで来たのではなかった。歩はただ、ハンカチを理由に、神楽坂に会いたかっただけなのだ。
あまりの急展開に気持ちが追いつかなかった。
「土屋君が嫌なら、あまり顔映さないようにしたほうがいい? メインカットだから、まったく映さないとかは無理なんだけど」
松木が急に、慌て出した。
「えー、顔出そうよー。アユ君可愛いし」
神楽坂のはっきりとした声を受け取る。
「でも、俺がモデルじゃあ、ちょっと若すぎないですか?」
先ほど、読者対象は3、40代だと言っていた。いくらなんでも、まだ10代の自分では役不足じゃないだろうか。
謙遜ではなく、単純な疑問だった。
「そんなことないよ。君、大人っぽいから20歳過ぎには見えるし。全部を対象読者に合わせる必要もないからね」
大人っぽい、のだろうか。
先ほどの玄から受けた扱いが記憶に新しいせいか、なんだか違和感があった。
神楽坂がにっこりしながらこちらを見ている。
期待されている。
体よく使われている形であれ、自分は今、彼から求められている————
どうにでもなれ、と歩は腹をくくった。
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