フラッシュ 04

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地下にいるせいか、ふたりぶんの足音がやたらと響く。 「ありがとね。モデルになってくれて助かった」 「いえ全然。俺は別にかまわないですけど……」 自分なんかで、本当によかったのだろうか。 そんなこちらの不安を悟って、神楽坂は先回りするように言った。 「うちの媒体、まだ立ち上げたばっかりだからあまりお金使えなくて。それにモデル事務所の人を使うと色々面倒だし。ヘアメイクとかスタイリストつけろとかさ」 「へぇ……」 モデル事務所という言葉で、ふと玄の顔が浮かんだ。 彼の出ている『ONe』ならば、ネームバリューがあるから、きっと予算も潤沢なのだろう。 「まあそれは言い訳で、単純に、歩に出て欲しかっただけなんだけどねー」 エレベーターのボタンを押すと、神楽坂が振り返った。 ふだん、友達や家族から呼ばれ慣れているはずの自分の名前も、彼の声を通すだけで、なんだかくすぐったい。 「俺も、神楽坂さんの役に立てて嬉しかったです……」 やっと言うと、神楽坂は微かに笑みを浮かべた。 その笑みは、先程、村瀬がおどけなから真似たミステリアスな笑みではなく、優しい、本来の感情からくるもののような気がした。 やがてエレベーターが来て、ふたりして乗り込んだ。 「遅くなっちゃったけど、門限は大丈夫?」 「はい。普段もバイトしてるし、それは全然」 「ふーん。どんなバイト?」 「白川の、3丁目の交差点にあるマックです」 神楽坂はまじまじと歩を見てからふたたび前を向き、呟いた。 「へぇ。マックの制服姿見たい。可愛いだろうな」 エレベーターがロビーに到着し、開ボタンを押しながら、ふたたび振り返った。 「あ、ごめん。今の、変態おじさんっぽかった?」 「はい。ちょっとだけ」 ひと間空けて彼がいきなり慌て出したので、歩は吹き出してしまった。 そのままふたりでロビーまで来ると、神楽坂は立ち止まった。 「さっき電話くれた番号、登録していい?」 「え?」 「あ、変な意味じゃなくて。謝礼払いたいし。うちの松木からもまた連絡すると思うから」 神楽坂はあえて丁寧に補足した。 逆に警戒されてしまっただろうか。さっきのエレベーターで「変態おじさん」うんぬんについて問われたとき、肯定しなければよかった———— 歩は拳を握りしめた。 このまま、次のきっかけを作らずに別れてしまったら、後悔することは目に見えている。 「俺、火曜と木曜と土曜、夕方から夜10時まで、大体シフト入ってるんです。だから、よかったらバイト先に遊びに来てください。サービスしますから」 神楽坂は目を丸くしたままこちらを見ている。 変な風に思われただろうか。 歩は頭頂部の髪をつまんで流しながら、ゆっくり息を吐いた。 これは、動揺したときにする癖だった。 「それに、俺も……神楽坂さんに制服姿、見せたいです」 言い切ってしまうと、急に恥ずかしくなってきて、歩はそのまま一礼をした。 神楽坂の顔も見ずに踵を返そうとすると、腕を掴まれた。 「焼き肉」 「え?」 「この前行けなかった焼き肉屋、今度リベンジしない?」 思いがけない誘いだった。 歩は何度か瞬きをしたのち、深く頷いた。
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