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ジェットコースター 01
青、黄色——次は、赤。
たっぷりと含みをもたせたのちに、ふわりと小間を膨らませながら落下していく。
間近に迫るジェットコースターのレールは、草食恐竜の背骨のようなフォルムで、その上をコースターが滑走するたび、叫声が轟音に絡みつくようにして抜けていった。
土屋歩が、自分の置かれている状況について戸惑い始めたのは、ゴンドラがてっぺんを目掛けて4分の1ほど上昇してからのことだった。
「真ん中になにもないと変な感じだね」
目の前の男は、窮屈そうに足を折りたたみながら、窓に顔をくっつけて真下を覗き込んでいる。
今乗っている観覧車はよくある水車型ではなく、中央に骨組みのない、いわゆるセンターレス構造になっている。
ただの巨大な輪っかの中を、ジェットコースターのレールが潜る形で取り付けられている。そして、その輪の外側にくくりつけられたゴンドラのひとつに、自分達は揺られているわけだ。
乗車前に遠目から見た、中心部にぽっかりと空いた穴を思い出しただけで足がすくみそうになって、制服のグレンチェックの格子に視線を移した。
問題は、観覧車の構造うんぬんについてではなく、今のこの状況についてである。
——親友である一ノ瀬三月に好きな人ができたと聞かされたのは、つい最近のことだった。
しかし、好きな人にはすでに深い仲の相手がいて、それがこの、前に座っている男——神楽坂恭太だったわけだ。
三月と神楽坂は何度か接触していたらしいが、その思い人とやらは、三月と神楽坂にどっちつかずの態度を取り続け、ずっと平行線だったらしい。
「今日こそ恋敵と決着をつける」と勇んだ三月を応援するような形で、神楽坂の職場のある神保町駅に共に降り立ったのが、つい2時間前のこと。
歩は当然、三月の味方側にいて、加勢するはずだった。
しかし、なぜだろう。
なぜ、三月の恋敵であるはずの神楽坂とふたりで、夜の観覧車に揺られているのだろう————
歩は、頭頂部の髪をつまんで触りながら、神楽坂の姿をまじまじと見てみた。
そして、顔見知りの40歳の男性を、思いつく限り浮かべてみる。
バイト先によく巡回しに来るエリアマネージャー、学校の数学教師、正月にたまに会う程度の親戚————
そのどれもが、目の前の男とまったく重ならなかった。
むだな贅肉はついていないし、髪も薄くない。
うなじあたりから変なにおいもしなければ、くすんだ色合いのよれたシャツを着ているわけでもなかった。
まず、背が高くて姿勢がいい。
黒縁眼鏡で覆われていても彫りの深さがはっきりとわかる顔立ちは、歳を重ねた渋みもあり、相応の魅力がある。
それになにより——おしゃれだ。
身につけているものは至ってカジュアルだが、パンツの仕立ても、Tシャツの形も、ファストファッションの店で扱っている量産のものとはまるで違っていた。
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