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再会 01
まさか、3週間連続で神保町に来ることになるとは、思いもよらなかった。
もう秋も半ばだというのに、今日はやたらと蒸し暑く感じる。
シャツ一枚で来て正解だった、と歩は思った。
学校が終わった後、一度帰宅し、着替えてからゆっくりと向かったが、約束の時間まであと1時間以上もある。
すずらん通りをぶらぶらと歩きながら、立ち並ぶ飲食店や古書店を眺め、気を紛らわせた。
——神楽坂から連絡がきたのは、撮影から2日ほど経ったころだった。
わざわざバイトの入っていない金曜日を選んで電話をしてくれたらしい。
次の週の金曜日に約束を取り付けた後も、とりとめのないメッセージのやり取りをしていたら、当日はあっという間にやってきたのだった。
行くあてもないまま、あっという間に通りのはずれまで来てしまった。古書店で暇潰しをするには躊躇があり、商店街の端にある大型書店に入った。
八階建てのビルには、フロアごとにさまざまなジャンルの本を置いているらしい。
歩は一階の雑誌売り場の中央へと進み、メンズ向けのコーナーで足を止めた。
ライフスタイルの棚を一瞥してみるものの『Caesar』は見つけられなかった。最新号はまだ制作中だろうし、季刊だからバックナンバーももう置いていないのかもしれない。
顔を上げて隣の棚に目をやると、いつぞやのキラキラと目が合った。
最新号の『ONe』の表紙を飾る玄だった。
手に取り、ページをめくってみる。カメラ目線の玄は、アンドロイドのようには見えなかった。むしろ生身よりもずっと表情があり、目の奥に力がある気がした。
ヘアメイクや服装の影響もあるのだろうが、クールな雰囲気を保ちつつも、ページをめくるごとに印象が変わる。
やはり、本物のモデルはすごいな。
先日の、自身の醜態が頭をよぎり、叫び出したくなるのを堪えるために頭頂部の髪を摘んで撫でた。
羞恥の波がいくらか引くと、ひとつ息を吐いて本を棚に差した。
——どこか店にでも入ろうかな。
踵を返して、声が出た。
背後にぴったりと寄り添っていたはずなのに気づかなかったのは、あれだ。やはり彼は二酸化炭素を排出せず、熱を放散していないのかもしれない。
生身の彼は、印刷された彼よりも、温度や立体感というものをまるで感じなかった。
「それ、俺」
玄は歩が棚に差した雑誌を見て言った。
知ってるよ。
ってか、いつからいたんだよ!
心の中で渦巻く叫びをひと飲みして、なんとか頷いた。
「また迷子?」
本屋でも迷子になっていたら、さすがに重症だ。
歩はたどたどしく首を横に振った。
「今日はちょっと約束があって……」
言っても、聞いているのかいないのか、彼の表情はまったく変わらなかった。
相槌を打つわけでもなく、こちらをじっと見つめているが、ピントが自分に合っているのかさえも、もはやわからない。
あまりに気詰まりで、歩はふたたび、頭頂部の髪をつまんで流した。
「時間ある?」
すると、突然思い付いたかのように、彼が言った。
「え!?」
あるっちゃあるけれど、あったら一体なんなんだ——玄はこちらの返事をろくに待たずに、腕を掴んできた。
「少しだけ付き合ってよ」
「ちょっと、え!?」
後ろ足で踏ん張ると、やっとこちらの動揺に気づいたのか、足を止めた。
「お茶」
そして、ようやく笑った。下まぶたに押されて半月状になった目が、思いの外可愛らしくて、脱力してしまう。
迷わず先行する彼に、歩はただついていくほかなかった。
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