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極めて容姿に恵まれた人間というのは厄介なのだと、歩は実感した。
自分が望むことを望むままに行ない、それが他人に訝られたり拒否されることに関しては、あまりに鈍感だ。
おそらく、大抵のことは肯定され、得てきたのだろう。傲慢でありながらも、時々見せる屈託のない笑みに、怒りじみたものは吸収されてしまう。
歩もまた例外ではなかった。玄じゃなければ到底うまくいきっこない、下手すれば通報されるレベルの強引なナンパに、半ば引きずられる形で応じてしまったのだから。
「ここ、ジュースおいしいよ」
玄はメニューを指しながら、頬杖をついている。
悩んだフリをしていると、彼はこちらの返事を待たずに、勝手に注文してしまった。
いちごのフレッシュジュースと、コーヒー。
「奢るからね」
店員が去った後に言われ、内心ホッとした。
——連れてこられたのは、小狭い路地にひっそりと佇む、古い喫茶店だった。
いわゆる純喫茶というのだろうか、狭い店なのにえらく混んでいる。一階にはバーカウンター、客席はすべて小上がりのスペースに設けられていた。
木目を基調とした内装だが、壁は煉瓦造りで、よくみるとそのひとつひとつに落書きのようなものがある。テーブル木目の主張がやたらと激しくぼこぼこで、物を書いたりするのには不向きだし、椅子の脚はやたら短くて座り心地もいまいちだが、味があった。
「ここ、パスタとかサンドイッチもおいしいんだよ」
「へぇ……」
壁の際にかかっている不気味なお面に気を取られ、空返事をした。
「名前なんていうの?」
玄の一言に、ようやく面から顔をそらして体を向き直した。改めて向き合うと、その容姿に圧倒されてしまいそうになる。
「土屋歩です」
「歩っていうんだ。顔に合ってるね」
響きがいいね、とか、いい名前だねとはよく言われるが、そういう感想をもらうのは初めてだ。
首を傾げていると、玄は煙を吐くように笑った。
「俺はあんまり、名前と顔が合ってないって言われるから」
「玄って、本名なんですね」
「うん」
たしかに、ギリシャ彫刻みたいな顔とニッポンの伝統工芸職人みたいなその名前は、うまく重ならなかった。
自己紹介じみた会話をポツポツと交わしているうちに飲み物が運ばれてきた。
グラスに並々と注がれたピンク色をした飲み物は、確認もされぬまま無造作に、歩の前に置かれた。
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