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「歩って白川高校だよね?」
いきなり名前を呼ばれて、思わず顔を上げた。
学校名を言い当てられたことよりも、彼との距離の近さに驚く。そしてその鼻根の高さ、削げた頬、眉毛の形——間近で見たパーツひとつひとつの美しさに、つい見入ってしまうのだった。
「俺、陽南高校だったから。白川の制服だなーって、すぐわかった」
「え、そうなんですか……」
陽南と聞いてはっとした。
隣町にある陽南高校は、その地域でいちばんの進学校だからだ。
天は、二物も三物も、どうしてこの男にばかり与えるのだろうか。
「あのビルには、撮影かなにかで……?」
「うん。今日もこれから。歩も?」
当然のように言われて、慌てて首を振った。
「いや。俺はあの時たまたま行っただけで、出入りしてるわけじゃないんで」
「そうなの? 制服だったし、なんかの読モなのかと思った」
歩は気まずさを隠せず、ストローに口をつけた。
なんかの読モという例えが、称賛なのか嘲弄なのかはわからないが、少なくとも高校生——年相応に見られていたことだけはわかった。
そのまま、液体を勢いよく吸ったが、果肉だか氷だかがストローに挟まっていて、そう易々とは上がってこない。
いったん吸うのを諦めて、一度唇を離した。
「俺のことよく覚えてましたね。今日は制服じゃないのに」
玄は掴みかけていたコーヒーカップの持ち手を離すと、指をテーブルで遊ばせて、木目をなぞった。
「覚えてるよ」
おそらく癖なのだろうが、喋り方に抑揚がないせいか、いまいちどう捉えてよいのかがわからない。
場つなぎのためにふたたびストローをくわえてみるが、液体は吸えども吸えども出てくる気配がなかった。
「おいしい?」
「まだ吸えてません」
答えると、その端正な顔が近づいてきて、ストローから唇を離した。
小鼻周りを見ても、毛穴ひとつ見つけられない。
必死に彼の人間味——つまりアラを探し当てていたら、いつのまにかストローを奪われていた。
「おいしい」
席に座り直す玄を、歩は恨めしい目で見た。
「歩も飲んでみて」
歩は眉だけをわずかに上げて、もったりと重たいピンクの液体を吸った。
欺瞞さえ漂う、わざとらしいピンク色をしているが、苺の果肉感とさわやかな甘味が氷の粒と混ざり合って、予想以上においしい。
一度に吸うと頭が痛くなりそうなので、ちびちびと吸った。
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