798人が本棚に入れています
本棚に追加
/131ページ
「歩は、3人姉弟の末っ子って感じだね」
突然、神楽坂が言った。
話の飛躍ぶりに、思わず首を傾げる。
「なんで?」
「甘え上手で、距離詰めるのがうまいから。要領もいいしね。典型的だよ」
言われてもピンと来ない。
そもそも、2人姉弟と3人姉弟でなにか違いはあるのだろうか。それに、要領がいいと言われたところで褒められた気がしなかった。
口を尖らせていると、神楽坂はこちらの気持ちを敏感に悟ったのか、少し身をかがめて覗き込んできた。
「褒めてるんだよ」
「本当に?」
「その天真爛漫さは武器だよ。社会に出たら、周りの人から絶対に可愛がられるから」
教師みたいな褒め方が気に入らない。
それまで剥き出しだった神楽坂が、いきなり大人という防護服を着込んでしまったみたいだった。
「実はね、俺も上に姉2人がいる末っ子」
自身を指差すと、笑った。
「最初から、歩とはなんか波長が合うなーって思ってたんだよね。そうしたら兄弟構成が一緒だったから、納得した」
波長が合う。
感情とは実に単純なもので、さっきまでのふてくされた部分は、新たにもらった言葉に押されて、どこかに飛んでいってしまった。
「関係あるのかな。兄弟構成って」
「んー、あると思う。俺の場合、親しい人はみんなだいたい末っ子なんだよね。友達も、付き合ってきた人も。逆に上の姉なんかはまわりがみんな長子で、旦那さんも長男だったりするし。血液型の相性よりも、よっぽどあるんじゃないかな。ちなみに、別れた奥さんは長女だったけど」
言いながら、神楽坂は自虐気味に笑った。
歩は自分の人間関係をあらためて振り返ってみた。付き合った相手は末っ子だけでなく真ん中もいたし、親友である三月は一人っ子だから、あまり当てはまっていない気がする。
それに——どちらかといえば、自分の周囲は血液型の相性を気にする人間のほうが多かった。
三月なんかも、思い人との行き違いがあるたびに「タロはB型だから」とか「俺はAだからB型の気持ちがわからない」などとぼやくことがたびたびあった。
「もしかして、恭ちゃんってO型だったりする?」
思考の延長線上でなにげなく尋ねてみると、神楽坂は妙な間を挟んだのち、こちらを向いた。
「あ、俺がO型だから。兄弟構成も血液型もおんなじだったらいいなって思っただけ」
返事をもらう前につい口走ってしまった。反応の鈍さに引っ掛かりを覚えて、勝手に焦ったのだった。
神楽坂は何も言わず、一瞬、窓の外に目をやった。
駅に停車し、乗り降りする人々に押される形で体が密着する。その際、彼の香水の匂いをほのかに感じて、歩の思考もまたもや一時停止してしまうのだった。
「俺、自分の血液型がわかんないんだよね」
ふたたび電車が動き出したタイミングで神楽坂が言った。
「え、そうなの」
「うん。だから血液型の話題にはのれないんだよねー」
返事をしようと思ったが、電車が揺れて、圧迫される形でふたたび体が密着し、何も言えなくなってしまった。
「大丈夫?」
やがて、神楽坂が気遣ってこちらを覗き込んできた。
「ちょっと不安定かも……」
足元に肩幅分のスペースが確保できず、体がぐらつく。
ふたたび揺れたタイミングで咄嗟に神楽坂の腕を掴んでしまった。
「つかまってていいよ」
言われて、歩はそのまま彼に身を預けた。
乗り換えの駅まではあとふた駅だが、体を離したくはなかった。
最初のコメントを投稿しよう!