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再会 05
従業員用出入り口の扉を開けると、植え込みの付近に立ちながらスマートフォンをいじる神楽坂の姿が見えた。
歩が小走りでかけ寄ると、彼は片手を軽く上げた。神楽坂の背景に、安っぽいレンガや均一に切り揃えられた植え込みはなんとなく不釣り合いに思えたが、その非日常さに、妙にドキドキしたりもした。
「制服、よく似合ってた」
こちらが発する前に言われたものだから、歩は言葉を失ってしまった。
「でも私服もおしゃれだよね。前も思ったけど」
神楽坂の視線になぞられて、身を揺らす。
彼に褒められるのは、単純に嬉しかった。
「会うならもっとちゃんとしてくればよかった。今日、めちゃテキトーだから……」
無地の白いTシャツに、サイドにラインの入ったパンツ。その上からパーカーを羽織って出てきた。
すべてノーブランドだし、全身モノトーンで、これといったアクセントもない。
「顔立ちがはっきりしてるから、そういうシンプルな服似合うよ。そのタイトなパンツとかさ、若者の特権って感じじゃない」
「恭ちゃんも履けばいいじゃん。足長いから似合うよ」
「やー、もうおじさんだから、そういうピタピタしたのは恥ずかしいなぁ」
そういうものなのだろうか。
ピタピタしたという表現に羞恥心が込み上げてきて、歩は思わずTシャツの裾を引っ張って伸ばした。
シャツはもともとオーバーサイズだから、腿の付け根あたりまでは隠れているはずだが————
「俺の若い頃もこういうサイドにラインの入ったパンツ、流行ったな」
「そうなの?」
「こんなにタイトじゃなかったけどね」
生地の感触を確かめたかったのだろうか。
唐突に太ももあたりを摘まれて、つい身を引いてしまった。
「ごめん、びっくりした?」
「いや、そうじゃなくて! 俺、めちゃくちゃ油臭いから……」
バイト後はポテトを揚げる安い油のにおいが髪や皮膚に染み込んでいて、シャワーを浴びないと取れない。
近づいて、神楽坂に臭いと思われたくなかった。
「なんだ、気にしなくていいのに。触られて嫌なのかと思ったから、よかった」
そう言いながらも、少し体を離してこちらから距離を取ろうとするのがわかって、咄嗟に腕を掴んでしまった。
「違う。全然、嫌じゃない……」
神楽坂が目を見開いた。
歩は気恥ずかしくなって力を弱めたが、服の裾はつかんだまま離さなかった。
すると今度は、彼が身を屈めて近づいてきた。
額に影が重なり、歩は目を瞑ってかまえたが、なにかが触れる感覚はない。
次の瞬間、すんすんという鼻の音だけが、うなじあたりに響いた。
「俺も全然嫌じゃない。むしろおいしそうな匂いする」
「ちょ……っ」
息が首筋をなぞり、変な声が出てしまう。
こそばゆさと気恥ずかしさに、胸を押して突き放すと、神楽坂はからからと笑った。
「ちょっと……ほんとに変態おじさんって呼びますよ!?」
こちらが怪訝な表情を浮かべるたび、嬉しそうに笑う。
「歩に変態って言われるとゾクゾクしちゃうなあ」
「……うわー、ちょっと本当に引いちゃった」
まだにやつきながらこちらを見ている。
神楽坂は自身の右腕に一瞬、視線を落としてから、からかうように言った。
「変態からは離れたほうがいいんじゃない?」
掴んだままの服の裾について言っているのだろう。
しかし、離すつもりはなかった。一度離してしまったら、ふたたび掴む口実がなくなってしまう。
「別に、変態が嫌だなんて言ってないし」
そして、服ではなく——思い切って腕を掴みなおした。
神楽坂は相変わらずうっすらと笑みを浮かべながら、腕を解くことはしなかった。
「行こっか」
そのまま、ゆっくりと歩き出す。
大通りなだけあって、この時間でも車の行き来は激しいが、人通りはもうほとんどなかったから、身を寄せるには好都合だった。
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