再会 05

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「恭ちゃんの家、どのへんなの」 「歩の高校の近くだよ。校舎裏の通りの、コンビニの隣にあるマンション」 ——同じ市内ではあるが、ここからだと徒歩で30分弱はかかる。 それに、最寄駅からもだいぶ離れていた。 「駅までけっこう距離あるね。会社まで通うの大変じゃないの?」 「そうなんだけどねー。息子の近くに住みたいからさ」 「何歳なの」 「8歳。小学2年生。やんちゃだよー」 息子のことを話し始めた途端、顔が綻ぶ。 それを見て歩は、彼が変態おじさんなどとは程遠い、年相応の普通の男性なのだと改めて思った。 そしてそう思った途端、彼が遠ざかって見えるのだった。 ————事情があって離婚はしたものの、子どもは変わらずふたりで育てていて、今でも週の半分近くは息子と一緒に過ごしているらしい。 嬉しそうに話す姿を見ていたら、胸の奥が縮こまるような感覚に襲われて、腕の力を緩めてしまった。 息子は8歳。 自分と10も離れていない。 彼からしたら、8歳も17歳も同じようなものなのだろう。 今のスキンシップだって、神楽坂からしたら、子どもとの単なるじゃれあいにしか感じていないのかもしれない———— 「どうしたの?」 言われて、慌てて顔を上げた。 首を左右に振るが、咄嗟に繕えない。 「あー、バイト上がりだから疲れてるよね。車で来ればよかったかな」 歩は首を左右に振ってから、ふたたび腕を握る手に力を込めた。 「そういえば恭ちゃんって、高い車乗ってるよね」 神楽坂はまた目を見開いて、よく知ってるなあと呟いた。 「高くないよ。車に興味ないんだけど。古い友人に頼まれて渋々買ったの。値切ったよー。でもひとりだとあまり乗らないけどね」 「そうなの?」 「日ごろ運動不足だから、なるべく歩いたり自転車使うようになってさ。せいぜい息子の送り迎えで使うぐらいかなあ」 ——乗せる恋人がいなくなってしまったことも、原因のひとつなのだろうか。 空いた助手席に座る権利が、自分にもあるのだとしたら。 歩は2度ほどゆっくりと呼吸をしてから、彼の腕にかすかに寄り添った。 「じゃあ、俺を乗せてよ」 そして、腕を引き寄せた。 鼓動の速さをあえて伝えるように、胸元に押し付ける。 「ドライブデート連れてって」 ——本来、歩はわりと器用なはずだった。 押すタイミング、引くタイミングを充分に心得ていたし、未熟ながら駆け引きめいたこともしてきた。 そして、大抵は皆、その術中にはまるのだった。 しかしこの男の前では全てが狂う。 方位磁石すら狂う、迷いの森のようだ。 だから、持ち駒はひとつしかなかった。 それは歩が本来、一番苦手とする「直球勝負」だった。 「今週の日曜日、空いてる?」 神楽坂の声がうなじあたりに落とされて、歩は顔を上げた。 「空いてます」 「じゃあ、デートしよっか」 デートと復唱されて、歩は恥じらいと嬉しさで、口角が引きつった。 こちらがあえて意識して使った言葉を、きちんと返してくれるのが嬉しかった。 だめだ。 身体中が脈打つ。 こうなったらもう、認めざるをえない。 神楽坂恭太という人間に、いよいよ本気になっていることを。 そして認めてしまったら、もう自分を止めることはできないだろう。 それは今までの経験からよくわかっていた。
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