798人が本棚に入れています
本棚に追加
/131ページ
神楽坂周は、歩が後部座席のドアを開けても、ゲーム機に視線を落としたままだった。
「ほら周、挨拶」
神楽坂が諭すと、ようやく小さな声で「こんにちは」と呟いた。
しかし視線は変わらず、液晶に落とされたままだ。
「お父さんの友達の土屋歩です。よろしくね」
こちらが言っても、やはり顔を上げない。
助手席に座ればよかったかなと思いつつ、シートベルトを手繰り寄せた。
「歳が離れてるのに友達なんてヘンなの」
金具をはめると、隣で独り言のように吐かれた。
今は目を合わせてくれないが、彼はきっと、窓越しからずっとこちらを見ていたのだろう。
「友達になるのに、年齢は関係ないよ」
運転から神楽坂が応答するが、彼は気もそぞろに投げやりな返事をするだけだった。
「でも、ヘン」
——まだ学校での友達付き合いしか知らないのだから、無理もないだろう。
それに、歩だってここまで歳の離れた相手と親しくなるのは初めてだった。
神楽坂はウインカーを切ると、上半身をねじって目を合わせてきた。
「ごめんね。今週末は元妻が見る予定だったんだけど、今朝、急に仕事になっちゃったらしくて。単に人見知りしてるだけだから、気にしないで」
気にしないでと言われても————
ハーフパンツからのぞく両脚はよく日に焼けている。
神楽坂の子どもにしては、やや小柄なほうだろうか。顔立ちもどちらかというとさっぱりとしていて、彫りの深い彼には似ていなかった。
ゲームでなにか失敗したらしく、声を上げながら運転席を足蹴りしている。
「座席を蹴らない。汚れる」
神楽坂がやや強い口調で制したが、すでに運転席の背面にはいくつもの足跡がついていた。
昨日の夜から続いていた高揚感は周の出現によって消失していたが、神楽坂の父親らしい一面は、いつものふざけた様子からかけ離れていて、歩を和ませた。
「とりあえず予定通り、鎌倉に行きまーす」
「お願いします」
頭を下げてから、歩は周に身を寄せて、ゲーム画面を覗き込んだ。
赤い帽子を被った、馴染み深いキャラクターがブロックの上を跳ねている。
——シリーズこそ違うが、幼少期にやり込んだから、攻略の要領はだいたい得ている。
亀に当たって画面を見切れていくキャラクターを見て、歩は声を出した。
「今のところは、上のブロックに乗ったほうがいいよ」
周がはじめてこちらを向いた。
手を差し出すと、大人しくゲーム機を渡してくる。どうやら苦戦していたらしい。
「久々だからできるかなー」
ゆっくり操作しながら進んでいくと、それまで黙っていた周が「そこジャンプ!」やら「そのスター取って!」などと口を挟んできた。
彼の要求にたどたどしくも応え、なんとかステージをクリアする。
ゴールのフラッグにしがみつき、ひと息ついたところで顔を上げると、周がこちらをじっと見つめていた。
その目の奥に親しみが灯っているのを、歩は見逃さなかった。
最初のコメントを投稿しよう!