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周を懐柔するのは容易いことだった。
しかし、特別なことをしたわけではない。
30分ほどゲームに興じていたら、彼の方から一気に距離を縮めてきたのだった。
画面を注視しすぎてやや酔ってしまい、窓を開けた。
周の額を覆っていた前髪がめくれると、思いのほか下がり気味の眉が、冷たそうな雰囲気を払拭した。
最初はゲームの話ばかりだったが、次第に自分のことも話してくれるようになり、着いた時には、彼はもう歩のそばから離れなかった。
「歩、またゲームしよ!」
歩はにっこり笑いながら、神楽坂に目配せをした。
「こら、せっかく遊びに来たのにゲームばっかりしないの」
周は唇を尖らせながら、むっつりと黙り込んだ。
いつものやりとりなのだろう。神楽坂は周の機嫌を伺うこともなく、歩を見て笑った。
「歩、お昼何食べたい?」
歩はカーステレオの時計を見た。
もう12時を回っている。
「俺、パンケーキ!」
こちらが答えるより先に、周が威勢よく答えた。
「えー、またパンケーキ? 前も食べたじゃない」
神楽坂がげんなりした声を出す。
「俺はなんでもいいです。周君の好きなもので」
「じゃあパンケーキね。この前行ったとこ!」
神楽坂ははいはい、と言いながらウインカーを右に出した。
そして、バックミラー越しに、口の動きだけで「ごめんね」と言った。
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