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ドライブデート 02
周の指定したそこは海沿いにある有名店で、存在自体は歩も知っていた。
ブームになってからだいぶ経つのに、未だ店内は賑わっている。
少しだけ並んで、運良く海側の端の席に通された時は、周よりも神楽坂のほうが嬉しそうだった。
なんでも、彼に強請られてたびたび来店しているらしいのだが、海側の座席に通されるのはこれが初めてらしい。
「いいね」
唐突に言われて、歩は視線を上げた。
パンケーキをフォークに突き刺そうとしたがうまく命中せず、強引に救い上げたらぽとりと皿に落ちた。
「なにがいいの?」
「パンケーキを食む若者」
歩は首を傾げながらふたたびパンケーキをフォークで刺し、口に入れた。
「それ、焼き肉の時も言ってたよね」
「パンケーキとか肉塊って、若い子のアイテムじゃない」
だったらハンバーガーもそうなんじゃないかと、神楽坂の皿に視線を落とした。
せっかく来たのだからと、周に勧められるがままリコッタパンケーキを頼んでしまったが、自分もハンバーガーにすればよかっただろうか。
当然、バイト先の、パサパサでペラペラのそれとは全く違う。バンズはふわふわ、パティは肉厚で、同じハンバーガーという名称で括ること自体、躊躇してしまうぐらいの差があった。
「ハンバーガーも少し食べてみる?」
「あ、俺いらない!」
「知ってるよ。周に聞いたんじゃない。歩に聞いたの」
笑いながら、周の額を小突いた。
そのじゃれ合いに、しばし見惚れる。
自然光に照らされながら屈託なく笑う神楽坂は、別人のように見えた。
仕事をしているときとも、ふたりきりになったときともまるで違う。
それは、彼が愛を与えると決めた相手にだけ見せるもののような気がした。
「ほら、歩」
ハンバーガーを持って近づけられて、歩はすすめられるがままにかぶりついた。
顔が近づいて緊張してしまい、味がよくわからなかった。
「どう? おいしい?」
咀嚼しながら頷く。
「有名店とか、取材でよく行ったりするんですか?」
「んー、特集することもあるけど、ほとんど外部のライターさんにお任せかな。本当は俺も行きたいんだけどね。つまんない会議がいっぱいあるから」
神楽坂の立場だと、編集業務以外にもすることがたくさんあるのだろう。
バイト先の店長を見ているだけでも、管理職の多忙さはなんとなくだがわかっていた。
「よかったらまた付き合って。仕事で行くよりも歩と行ったほうが楽しいし」
「楽しい?」
「楽しいよー」
頬杖をついて、にっこりと笑う。
しかしそれは、先ほど周に見せていたものとは異なる笑みだった。
「ねー! 俺、シュリンプって何だか知ってるよ。エビのことでしょ」
突然、隣で周が声を上げた。
退屈しのぎに開いていたメニューの字面をたまたま目で追ったのだろう。
「そうだよ。周が嫌いなやつね」
神楽坂がからかうと、周は一瞬、顔をしかめて、やがてなにかを思いついたように顔をあげた。
「じゃあ問題! 俺の血液型は何型でしょう」
話の飛躍っぷりが、小学生ならではである。
歩は首を傾げながら、考えるふりをした。
「わかんないな。ヒントちょうだい」
「ヒントは〜、フライにしたらおいしそうなやつで〜す」
神楽坂が呆れたように笑う。
歩は、周のリクエストに応えるべく、わざとらしく人差し指を立てながら回答した。
「あー、わかった。AB型?」
「正解!」
歩は大袈裟に喜ぶふりをして、アイスティーを一口飲んだ。
すると今度は神楽坂が周に近づき、にやりと笑った。
「じゃあ次は周に問題。パパの血液型はなんでしょう。ヒント、夏に森にいます」
すると、周はつまらなさそうに口を尖らせた。
「はいはい知ってるよ。クワ型でしょ。で、星座はぎょう座ね」
何度も聞かされているのだろう。
聞かれていないことまで面倒そうに言い放つ周を見て、神楽坂は嬉しそうに笑った。
息子にうんざりされるたびに彼は喜び、ことあるごとに下らない質問を投げかけてはにやにやするのだった。
「はい、クイズはいったんお休みにして食べちゃって。俺も歩ももう終わっちゃうよ」
「食べたらどうするの?」
「水族館に行きまーす」
聞くなり、周は慌ててフォークを口に運び始めた。
それを見る神楽坂の目は優しくて、今まで見たどんな表情よりもいいと思った。
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