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乾いた砂は、踏み締めるごとに無遠慮に入り込んでくる。
靴下を通していてもざらりと皮膚に食い込む感触は決して心地よいとはいえないが、それは最初から覚悟していたから、黙ったまま砂を蹴った。
食事をした後、周がどうしても砂浜を散歩したいというので、そのまま海岸沿いまで来た。
砂浜に着地するなり一目散に駆け出した周の姿は、すでに小さくなっている。なにやら流木らしきものを手に持ち、派手に振り回していた。
「今日、ごめんね。うるさいのがついてきちゃって」
「全然。普段、子どもと接することがないから楽しい」
神楽坂が振り返った。
シャツの裾がはためき、眩しいのか目を細めている。海水は綺麗ではないが、光が反射してキラキラと輝き、神楽坂を縁取っていた。
彼はオフシーズンの海がよく似合う。
いや、秋という季節そのものが似合うのかもしれない。
その姿を見ながら歩は、ふとそんなことを思った。
「周も楽しいみたい。お兄ちゃん欲しがってたから、歩と遊べて嬉しいんだと思う。ありがとね」
遠方では、周が棒で昆布を突いている。
歩は額に張り付く前髪を払いながら、首を横に振った。
そして、彼に一歩近づく。
「……俺のこと、どう思ってるの」
「どうって?」
「恭ちゃんにとって、俺は……息子みたいな感じ?」
神楽坂は視線を遠くにやり、無邪気に遊ぶ周をしばし眺めてから、ふたたびゆっくりと視線を戻してきた。
「息子みたいだなんて思ってないよ」
「本当?」
「じゃあ逆に——歩にとっての俺は、父親みたいな感じなの?」
歩は首を横に振った。
顔が熱い。
こちらがふと抱いた不安を拭ってくれただけで、今は充分だった。
「父親なんかじゃない……」
拳で口元を隠しながら俯いた。
恋人になりたい————いつもならこの流れに任せて軽く出てくるはずの言葉は、彼を前にすると羞恥で萎んでしまう。
「歩はね、俺の癒し」
歩は首を傾げた。
癒しという言葉を、どんなふうに捉えたらいいのかがよくわからなかった。
とりあえず連想できるものを浮かべてみる。
癒し。
癒しといえば、あれだ。
「イルカとか、そんな感じの立ち位置ってこと?」
歩が言うと、神楽坂は目を丸くして、それからお得意のからからとした笑い声をあげた。
見当違いなことを言ってしまっただろうか——
意外と長く笑いを引きずっている彼を前にして、どういう顔をしていいのかわからなかった。
「そうだね——そうかも。うん」
「イルカかぁ……」
「嫌?」
嫌ではないけれど、やはり引っかかる。まるで、お前は単なる愛玩の対象なのだと突きつけられているようだった。
歩はサイドの髪を耳にかけて砂を蹴った。
さらさらと足首にまとわりつき、パンツの裾を簡単に掻い潜って靴の中に侵入してくる。
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