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神楽坂は、公園に隣接する駐車場に車を止めた。
「ちょっとだけ話してから帰ろうか。周がいたからまともに会話できてないし」
エンジンは切らず暖房を弱く入れたまま、シートベルトを外した。
歩もならってシートベルトを外していると、彼はふと窓の外に目をやった。
「外で散歩でもする?」
歩は首を横に振った。
「いい。ここにいたい」
狭い車内にふたりきりでいると、息苦しくて、ひどく緊張した。
しかし、居心地がわるいわけではない。その刺激がむしろ、心地いいのだった。
暖房のぬるい風が、前髪をくすぐる。彼のほうを見ることができずに俯いたまま、組んだ両手を弄んでいた。
この前のように積極的になるには、しばらく時間を要するだろう。
「そういえば来年は受験生だよね。進学するの?」
神楽坂は普通の大人が投げかけてくるような質問をしてきた。
彼とするにはつまらない話題ではあったが、緊張を解すにはちょうどよいと思い、シートに背をもたれながら応じた。
「一応、N大目指してる。指定校推薦狙ってるんだけど、それなりに準備もしておくつもり」
「指定校狙いってことは成績優秀なんだね」
「まあ……」
歯切れの悪い返事をすると、神楽坂は不思議そうに首を傾げた。
「どうしたの?」
「いや、なんかすべてにおいて中途半端だから」
たしかに成績は優秀なほうだ。
しかし、高校自体の偏差値が高いわけではないので、校内で優秀だとしても全学生と相対的に見れば、せいぜい中の上といったところだろう。
幼い頃からなんでもそこそこにできた。
勉強やスポーツ、恋愛も——年相応に、そこそこに。
まわりから取り残されることはなかったが、挫折を味わうほど熱中したものもなければ、悔しさをバネにひたすら努力したこともない。
「なにが中途半端なの」
「やりたいこともなくて、とりあえず中ランクの大学目指して。こんなんでいいのかなって思う。飽きっぽくて、何しても長く続かないしさ」
やりたいことが特に見つからないから、とりあえず大学に行く。そのために、与えられた勉学をただ頑張る。
そのことに、なぜか一種の後ろめたさを感じるのだった。
例えば、三月には美大に合格したいという明確な目標がある。
また、来海にも美容師になる夢があり、親と対立しながらも前へ進もうとしている。
それなのに自分は————
「じゃあ逆に、なんでとりあえずでも大学に行こうと思うの。まわりがみんな行くから?」
「親に、恩返ししたいから」
——意表を突かれたのか、彼の眉尻が微かに上がった。
「ちゃんと就職して一人前になりたいとは思ってる。でも本当にそれだけなんだよね。ほかに何もない。大学進学だって別に親が望んだことじゃないし、むしろ俺にやりたいことがあれば、たぶん応援してくれるんだろうけど——ないから逆に申し訳ないっていうか……」
一気に喋ってしまうと、ふいに目が合った。
彼のまぶたが優しげに盛り上がっている。
「……なに?」
「歩は親思いの優しい子なんだね。恩返ししたいっていう気持ちだって立派な目標だと思うよ。親御さんとの絆がしっかり結ばれてる証拠」
神楽坂はなぜか嬉しそうだ。
「まあ、絆は——強いほうかな……」
つぶやきながら、ふと窓の外を見た。
しかし、神楽坂の姿が窓ガラスに反射していて、ついそちらにピントを合わせてしまう。
逃げ場がなくなって、仕方なしに前を向いた。
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