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接近 01
「どうなのよ。おっさんとは」
スマートフォンの通知を見てため息をつくと、目の前で顔を輝かせている三月がいた。
彼を高揚させているのは好奇ばかりでもない。つい最近、やっとタロと付き合い始めたことによる興奮が覚めないせいだろう。
——今の歩には、彼の言動が煩わしい。なにも答えずにスマートフォンをポケットにしまうと、彼は催促するように腕で脇腹を小突いてきた。
その遠慮のない力の込め方に、露骨に眉をしかめた。
「恭ちゃんのこと、おっさんって呼ばないでくれる?」
苛立った口調で言うと、三月はしばらく目を丸くして、それから頭をかいた。
「じゃあなに、俺も恭ちゃんって呼べばいいの?」
「それもやだ」
荒々しくバックパックを背負い直すと、一歩遅れて、三月の足音がついてきた。
彼の歩き方は彼らしいリズムと間があるので、音を聞くだけですぐにわかる。
「アユー、なんで機嫌悪いんだよー。デートして手まで繋いだんでしょ。もはやそれ付き合ってんじゃん」
ペッタンペッタン、ペタ、ペタ、ペタ。
彼の規則正しいリズムを崩すように、歩は突然立ち止まった。
「全然違う。付き合ってない」
「なんで?」
「あれから連絡くれないし」
ここ数日、押し寄せるのは後悔ばかりだった。
距離を詰めすぎただろうか。
——あの後、神楽坂とはしばらく手を繋いでいた。
拒絶されなかったことを、単純に肯定と受け取っていたが、今思い返してみれば、彼からは一度も握り返してくれなかった。
もしかしてあれは、ささやかな拒絶のサインだったのだろうか。
「俺のこと、そういう風に見れないのかな」
しかし、まったくの脈なしとも思えないのだ。
例えば、食事やドライブの誘い——こちらがふと消極的になった瞬間、先導してくれるのはいつも神楽坂だった。
やりとりだって、恋愛関係になる一歩手前のような、甘みのある日常会話だったし、それに、彼は自分のことを息子のようには思っていないと言った。
それからば、入り込む隙は大いにあるんじゃないだろうか————
「見れないっていうか、見ちゃいけないって思うんじゃないの?」
ブレザーのポケットに親指をひっかけ、ふらふらと歩きながら、三月が言った。
「俺が高校生だから?」
「そりゃそうだよ。一歩間違えれば犯罪だし、慎重になるのが普通なんじゃない」
妙に説得力があるのは、彼の交際相手もまた、ひと回り以上離れているからだろう。
「タロもそうだったの?」
「そうだったっていうか、今もそうだよ。まだ信頼されてない感じ? 俺が若いから、どうせすぐ心変わりするだろうって思ってるみたい」
言いながら思いを巡らせているのだろう。
首をぐるりとまわしながら、眉間にしわを寄せている。
「この三月のデレデレっぷりをタロに教えてやりたいわー」
「そうしてほしいわー。こっちが真面目に否定しても信じてくれないし、たまにほんと腹立つもん。いつになったら信じてくれんのかなーって」
深いため息の末端には、惚気が巻きついている。
神楽坂も、同じような葛藤を抱いているのだろうか。しかしまだ、それに至る前段階のような気がする。
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