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接近 02
普通、メディアに露出する仕事に就く人間というものは、マスクなり帽子なりを常に身につけて、目立たないように行動するものではないだろうか。
玄は、雑誌の表紙を飾るときとなにひとつ変わらぬ格好でその場に立っていた。
それでも人の多い都心部ならばそれほど目立つことはないだろうが、ここは東京都多摩地区の閑静な住宅街である。
歩は彼を隠すようにして前方を歩き、小さな児童遊園に入った。
「……びっくりした」
「びっくりした顔してた」
ベンチに横並びで腰掛けると、彼は思い出したように笑った。
突き出した足は自身のそれよりもだいぶ長く、歩はごまかすように内側に引っ込めた。
「この前のお金」
「いいよ、別に……」
「だってそのためにわざわざ来たし」
玄はポケットをまさぐったのち、首を傾げて反対側、さらには後ろのポケットもまさぐった。
この動作には見覚えがある。
「まさか、ないの?」
「……忘れてきちゃった」
歩は、口を中途半端に開いたまま、彼を見つめた。
この男は一体、なんなのだろう。
被写体の時の彼は息を呑むほどの迫力があり、吸い込まれてしまいそうな独特の雰囲気をもつのに、こうして対面するとあまりにもぼんやりしている。
もしかしておちょくられているのだろうか————
「……どうやってここまで来たの?」
「カードとスマホはある。財布あんま持ち歩かないんだよね」
歩はわざとため息をついた。
そして吐き切った瞬間、笑いがこみ上げてくる。拳を口元に当てていると、玄が正面から覗き込んできた。
日に当たると、その睫毛は透き通っていて、透明な糸のように見える。
彼はスマートフォンを手に持って軽く振りながら言った。
「じゃあこっちで送金する。連絡先教えて」
「あ、うん」
どうやら、彼の落とし物は無事に見つかったらしい。
歩もスマートフォンを取り出して、操作をした。
「さっき隣にいたの、友達?」
——三月のことだろう。
「そうだよ」
「ふーん、イケメン」
てっきり置き去りにしてきたことを詫びるのかと思ったが、彼は悪びれもなく、ただ感想を言っただけだった。
ほどなくして、金城玄という名前の通知を受け取った。
「これ本名?」
「そうだよ。芸名はただの玄だもん」
仰々しい名字だが、彼を見ているとしっくりと馴染んでくるから不思議だ。
登録すると、猫のスタンプとともに、よろしくねという一文が送られてきた。
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