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「今度さー、デートしよ」
「え?」
「映画にでも付き合ってよ」
歩は、画面を見つめたまま、しばし考え込んだ。
デートというのはつまり——自分が神楽坂に意図してつかったような、そういう意味合いが含まれているのだろうか。
「なんで俺なの?」
将来有望な彼のことだから、相手は引く手数多のはずだ。多忙ななか、わざわざ時間を割いて学校まで来るなんてどうかしている。
いや、試し尽くしているからこそ、郊外に住む男子高校生をからかうのが逆に物珍しくて楽しいのだろうか———
「また会いたくなったから」
この場合、友人としてではないだろう。
「その……玄は、男が好きな人?」
「別に。性別とかは昔からあんまり気にならないかな。ニンゲンが好きー」
「ああ、もしかしてあれ? 生まれも育ちもサンフランシスコみたいな?」
「ううん。葛飾区生まれ葛飾区育ち」
りょうさんといっしょー。
玄の間延びした声に、歩は戸惑うどころか脱力してしまった。
それに、彼の言うことも今なら妙に納得できる。自分の好きな相手だってえらく歳の離れた同性なのだ。
可愛いから、ノリが合うから——理由づけが先行していた今までの恋愛観が覆されるほど、ただただ、神楽坂という男にどうしようもなく惹かれている。
たぶん、ひと目見たあの時から————
「時間とれそうなときに連絡するから、スマホちゃんと見てね」
ぼんやりしていると、玄がすっくりと立ち上がった。
まるで白樺の木がひょろりと伸びたようだった。
「もう帰るの?」
「んー。仕事。ここまでくるのに1時間半かかっちゃったから、もう戻らなきゃ」
ここから駅まではそこそこ離れていて、歩くと20分はかかる。
タクシーもなかなか拾えないエリアだから、不便なのだ。
「会えてよかった。3回くらいねばる覚悟だったから、1回で会えてラッキーだった」
「なんで、そんな……」
つられて歩も立ち上がると、玄はにっこりと笑った。
細かい雑念やら疑問は、その甘い笑顔で一掃されてしまった。
「駅まで一緒にいこ」
当然のように手を握られた時の強烈な焦りと戸惑いも——横顔の美しい凹凸を見ていたら、なんだかどうでも良くなってしまった。
彼が歩くたびに、茶色い髪がなびく。
たてがみを揺らしながら歩くサラブレッドのようだ。自分は、その後ろに続くポニーといったところだろうか。
——自虐でもかましていないと、平静を保てなさそうだった。
気持ちが追いつかない。
追いつこうとすると、また笑顔を向けられて、いろんなことが吹き飛んでしまう。
歩は前後を注意深く確認しながら、駅付近まで手をそのままにして歩いた。
——後日、彼の言っていた「りょうさん」が誰なのか気になって調べたところ、どうやら漫画に出てくる主人公のことらしかった。
しかし「りょうさん」は、葛飾区生まれではなく、台東区生まれだと書いてある。
忘れていなかったら、今度つっこもう。
ブラウザを閉じながら、歩はなんとなく思ったのだった。
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