ジェットコースター 01

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「じゃあ、君がになってくれる?」 神楽坂の声が、指先の上を撫でつけるようにしてから皮膚を伝い、やがて耳の奥へと入り込んできた。 髪をつまんでいた親指と人差し指の先端が縮こまり、ついに全身までもが固まってしまう。 「……え?」 歩の反応を気にすることなく、神楽坂は窓の外にふたたび視線をやった。 「てっぺんだよ」 つられて歩も窓の外を見たが、自分達が今どこにいるのかなど、どうでもよかった。 ジェットコースターは急峻なカーブをちょうど昇っていくところで、頂上に到達する前になんとなく視線を外し、真下に移した。 言葉の続かないまま、みるみる地面だけが近くなり、ゴンドラが時計の針でいうちょうど3時くらいまで下降したとき、神楽坂が沈黙を破った。 「あ、さっきの冗談だからね」 口調が、思いのほか焦っていた。 「……びっくりしました」 「会社でもよく、冗談なんだか本気なんだかわからないって言われるんだけど、高校生相手にちょっと今のはなかったね。ごめんごめん」 これじゃあ本当に変態おじさんになっちゃうねー。 そう言いながら、ふたたびからからと笑う。 歩はなんとかぎこちない笑みを浮かべて、彼から投げかけられる言葉——絶叫系には乗れるのかとか、お腹は空いてるかとかいう問いかけに相槌を打った。 その何気ない会話のやりとりは、とりあえず脳に引っかかるものの、記憶の一片にはならず、すぐに流れて消えていった。 ——本当にびっくりした。 神楽坂の発言に対してではない。 あと少し沈黙が続いていたら「はい」と答えてしまうところだった、自分自身にである。 知り合ったばかりの、年の離れた相手の軽口に肯定して、あやうく本当に「変態おじさん」にしてしまうところだった。 「今日は付き合ってくれてありがとう」 乗降口が近づいてきて、だいぶ早めに歩が腰を上げた時、神楽坂が言った。 「全然。暇なんで」 なぜもう少し気の利いた言葉が言えないのだろう。 言ったあとで後悔したが、神楽坂はさほど気にしていなさそうだった。 乗降口に着き、扉が開く。 歩に続いて神楽坂が腰を上げたとき、首筋から微かにシトラスの香りが漂った。
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