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「ふたりで観覧車に乗ってから、やっと1カ月すぎたんだね。なんか信じられないな」
「なにが信じられないの?」
「いや。まだそんなもんなんだーって。恭ちゃんとはもっと前から一緒にいる感じがするから」
神楽坂は振り返ったままにっこり笑っていたが、やがて歩の背中に手を回してくると、引き寄せてきた。
それはふたたび横並びになるための誘導であったが、彼に触れられることで恥ずかしいくらいに体が強張ってしまった。
歩き始めても、神楽坂の手は背中に当てられたままで、歩のなかを嬉しさと緊張が絶えず徘徊した。
意識がそこに集中してしまい、会話の糸口さえ見つからない。
ぎこちなく数メートル歩いた所で、ブレザーのポケットに入れていたスマートフォンが鳴り、何気なく取り出した。
ホーム画面には、玄からのメッセージ通知がポップアップされていた。
——あれ以来、彼からはポツポツと連絡が来る。
しかしそのほとんどは、今なにしてるとか、ごはんなに食べたのといった日常会話だったから、歩は何気なしにアプリを起動し、彼からのメッセージをその場で確認した。
「再来週、時間つくれるかも。デートしよー」
メッセージに続いて、目をハートマークにしたネコのスタンプが送られてきた。
突然飛び込んできたデートという文字にびっくりして、歩は思わず神楽坂のほうを見た。
彼は相変わらずにっこりしながら、こちらを伺っている。
見られてしまっただろうか。いや、さすがに————でも、暗がりの中で発光しているこの状態だと、想像以上に周囲に見えやすいし、それに目敏い彼のことだからきっと……
さまざまな憶測が一巡し、歩はスマートフォンをふたたびしまうと、ふたたび神楽坂のほうを向いた。
変に勘繰られるぐらいなら、洗いざらい話してしまったほうがいいに決まっている。
「恭ちゃんって『ONe』の専属モデルの玄と仕事したことあるの?」
「あー、金城玄君ね。ないよ。なんで?」
にっこりしているが、わざわざフルネームで言い直すあたり、やはり見ていたのだろう。
「恭ちゃんにハンカチ返しに行った時、ビルで迷子になってたら案内してくれて、少し話したんだ」
「そうなんだ。彼、無愛想だって聞いてたけど意外と親切なんだね」
なぜか口調に棘がある。
これでは先を言いにくいなと思いつつも、その棘は心地よい痛みを与えながら歩の皮膚を刺してきた。
「それで、偶然なんだけどその後も会う機会があってさ。連絡先交換しようって言われて——」
「ふうん。で、するんだ。デート」
先回りされて、歩は口をつぐんでしまった。
熟慮したのち、ややオーバーに首を傾げてみた。
「玄は、ただ単に遊ぶっていう意味でデートって言ってるだけだとは思うんだけど……」
「いやいや、デートって言ってるんならデートのつもりなんじゃないの」
きっぱりと否定されてしまう。
彼は笑顔を崩しはしなかったが、いつのまにか背中の腕は解かれていた。
その嫉妬めいたものにまたしても心が震えて、ある気持ちが芽生えたのだった。
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