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「そうなのかな。どうしよう。恭ちゃんはどうしたらいいと思う?」
俯きながら、またしても神楽坂の少し前を歩いた。
続いてくる気配がないので振り返ると、彼はその場で足を止めたままだった。
「これだけは言っておく。彼にあんまり近づきすぎないほうがいいよ」
「……なんで?」
「所詮、俺らとは住む世界が違うからね。玄君ではないけど、過去にも同じような例を何度か見てるから。最後は歩が傷つくことになる」
途端、不愉快な感情が歩を包んだ。
その迂遠な言い回しと、妙に真面目くさった表情に、苛立ちが募る。
「まだなにもしてないし、近づくかどうかなんてわからない。決めつけるような言い方しないでよ」
「芸能人から言い寄られたら、大抵の人間——それも君らみたいな若い子だったら、絶対に舞い上がる。それが普通のことだと思う。でも、彼と歩とじゃ、価値観とか感覚が絶対に違うから————」
「もういいよ。この話したくない。終わりにしよ」
不満が突き上げてきて、一方的に遮断した。
試そうとした自分にも非がある。しかし、彼から貰いたかった言葉は、こんなものじゃなかった。大人としてではなく、神楽坂個人としての言葉だったのだ。
「……恭ちゃんの気持ちは?」
振り返らずに発してみるが、彼からの返事はない。
歩は俯いたまま、片足をから蹴りした。
「俺と玄が近づくの、嫌?」
やはり、また間が空く。
風にさらされているうちに、鼻先がつんと冷たくなってきた。
「俺はただ……歩が心配なんだよ」
待たされた挙句、ようやく出てきた一言に、歩は落胆した。
そして、先ほどの幸福がまやかしだったことにも気づく。
つかず離れずの距離感が心地いいだなんてやはり勘違いだった。
相手の真意がぼんやりと霞んだまま、自分だけが的のない場所に向かって矢を放っているような——暗中模索とした虚しさを味わう機会のほうが、圧倒的に多い。
「恭ちゃん、俺の保護者みたいだね」
明確な悪意を込めて言うと、神楽坂はもうそれっきりなにも言わなかった。
それからは、ある程度の距離を保ったまま歩き続けた。
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