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あとふたつ信号を渡ると、道が二股になり、それぞれ進路が分かれてしまう。
歩の背後にまとわりついてくるのは、後悔と焦燥だけだった。
久々に会えたのに、なぜこうなってしまうのだろう。
彼の前を歩き、その温度を感じることすらないままに、別れようとしている。こんな風に終わってしまったら、彼はもう、自分の前に現れてくれないんじゃないか——
ついに最後の信号を渡り切ると、分かれ道の前で足を止めた。
振り返ると、神楽坂はやはり穏やかに笑っていた。
「さっきはごめんね」
「なんで歩が謝るの」
すると神楽坂の手のひらが頭上に降ってきて、撫でられた。
「恭ちゃんのこと、保護者だなんて思ってないから」
神楽坂は黙ったまま、頭を撫でてくれていた。
その間に車が何台が通り過ぎた。
「また俺と会ってほしい……」
「会わないなんて言ってないでしょ」
歩は俯きがちだった顔をようやく上げた。
「じゃあ……次はいつ会える?」
「予定見ないとわかんないな。また連絡するよ」
期待がふたたび、萎んでいく。
つまり彼には、具体的な日程を取り付ける気がないのだ。この場をしのぐための、ただの社交辞令なのかもしれない。
ああ、馬鹿だなあ。玄のことなんて言わなきゃよかった。せっかく会いにきてくれたんだから、隣に並んで手を繋いだまま歩けばよかったんだ。
神楽坂のやんわりとした拒絶が、身体中にめり込む。
このままここに立っていたら、ますます惨めになりそうだったが、自ら立ち去る勇気もない。
「……どうしたの?」
俯いたままでいると、問いかけられた。
なにか発する余裕もなく、歩は首を左右に振った。
「歩?」
優しいトーンで名を呼ばれて、目尻からとうとう、涙がこぼれ落ちた。
あー、ダサい。死にたい。
必死に指で拭いとるが、また新たなものが頬を伝う。
神楽坂はなにも言わずに立ち尽くしたまま、真っ直ぐにこちらを見ていた。瞳は一寸の揺らぎも濁りもなく、感情を読み取ることはできない。
そして、まるで目の前に歩がいることを忘れたかのように言った。
「まいったなぁ……」
こちらに向けた言葉というよりは、内言語のようだった。
よくわからないことで泣いて、面倒くさい奴だと思われたに違いない。
だから、手首を掴まれた時——それがどういう意図なのかを察することができなかった。
込められた力が強い。
神楽坂の進路は、歩の帰路とは違う方向だった。
「おいで」
彼は振り向かず、また歩行速度も落とさなかった。
落胆の反動で、淡い期待がまるで炭酸ソーダのように、小さな気泡となってのぼってくる。
なんで?
どうして?
歩は頬を拭ってから、神楽坂のうなじをひたすらに見つめていた。
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