接近 04

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あとふたつ信号を渡ると、道が二股になり、それぞれ進路が分かれてしまう。 歩の背後にまとわりついてくるのは、後悔と焦燥だけだった。 久々に会えたのに、なぜこうなってしまうのだろう。 彼の前を歩き、その温度を感じることすらないままに、別れようとしている。こんな風に終わってしまったら、彼はもう、自分の前に現れてくれないんじゃないか—— ついに最後の信号を渡り切ると、分かれ道の前で足を止めた。 振り返ると、神楽坂はやはり穏やかに笑っていた。 「さっきはごめんね」 「なんで歩が謝るの」 すると神楽坂の手のひらが頭上に降ってきて、撫でられた。 「恭ちゃんのこと、保護者だなんて思ってないから」 神楽坂は黙ったまま、頭を撫でてくれていた。 その間に車が何台が通り過ぎた。 「また俺と会ってほしい……」 「会わないなんて言ってないでしょ」 歩は俯きがちだった顔をようやく上げた。 「じゃあ……次はいつ会える?」 「予定見ないとわかんないな。また連絡するよ」 期待がふたたび、萎んでいく。 つまり彼には、具体的な日程を取り付ける気がないのだ。この場をしのぐための、ただの社交辞令なのかもしれない。 ああ、馬鹿だなあ。玄のことなんて言わなきゃよかった。せっかく会いにきてくれたんだから、隣に並んで手を繋いだまま歩けばよかったんだ。 神楽坂のやんわりとした拒絶が、身体中にめり込む。 このままここに立っていたら、ますます惨めになりそうだったが、自ら立ち去る勇気もない。 「……どうしたの?」 俯いたままでいると、問いかけられた。 なにか発する余裕もなく、歩は首を左右に振った。 「歩?」 優しいトーンで名を呼ばれて、目尻からとうとう、涙がこぼれ落ちた。 あー、ダサい。死にたい。 必死に指で拭いとるが、また新たなものが頬を伝う。 神楽坂はなにも言わずに立ち尽くしたまま、真っ直ぐにこちらを見ていた。瞳は一寸の揺らぎも濁りもなく、感情を読み取ることはできない。 そして、まるで目の前に歩がいることを忘れたかのように言った。 「まいったなぁ……」 こちらに向けた言葉というよりは、内言語のようだった。 よくわからないことで泣いて、面倒くさい奴だと思われたに違いない。 だから、手首を掴まれた時——それがどういう意図なのかを察することができなかった。 込められた力が強い。 神楽坂の進路は、歩の帰路とは違う方向だった。 「おいで」 彼は振り向かず、また歩行速度も落とさなかった。 落胆の反動で、淡い期待がまるで炭酸ソーダのように、小さな気泡となってのぼってくる。 なんで? どうして? 歩は頬を拭ってから、神楽坂のうなじをひたすらに見つめていた。
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