接近 05

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接近 05

神楽坂の住まいは小綺麗なマンションで、間取りは1LDKだった。 リビングにはほとんど物がない。ソファーと小ぶりなダイニングテーブル、それにテレビぐらいだ。 ソファーはネイビーの布張りだが、窓はブラインドだし、絨毯なども敷かれていない。 唯一、温かみのある存在感を放つのは、テレビの横にある大型の観葉植物だけだった。歩の鼻の高さまであるそれは、真っ直ぐな幹のせいか、凛として見えた。 「コーヒーと紅茶、どっちがいい? コーラもあるよ」 「あ、コーヒーで……」 歩は短く返事をしながら、その細長い緑の葉を撫でた。 縁は濃くて、中央に向かって薄くなっている。胡瓜にピーラーの刃を縦にあてたときのような色と形状をしていた。 やがて、コーヒー豆が湯でふっくりと膨らむにおいが煙に閉じ込められるようにして漂ってきた。 歩はどこにいたらいいのかわからず、黒いままのテレビ画面越しに、対面式キッチンに立つ神楽坂を見た。 「その観葉植物気に入った? ドラセナっていうの」 神楽坂は琺瑯でできたドリップポットをゆっくりと傾けている。そのたびにほわりとした湯気が彼を覆った。 歩は返事をせずにゆっくりと歩き、ダイニングテーブルに手をついた。 せいぜい2、3人用といった小ぶりなつくりで、天板は無垢材、脚はアイアンでできている。 木目を指でなぞっていると、足音が近づいてきた。 「その木はね、オーク材。小ぶりでいいでしょ。友達の店で買ったんだ」 神楽坂はマグカップをふたつ、手に持ってきたが、オーク材とやらのテーブルには置かずにソファーまで進み、小さなカフェテーブルに置いた。 3人がけの端に腰を下ろし、にっこりと笑う。 少し迷ったが、歩も彼にぴったりくっつく形で隣に座った。 室内にいると、彼の香水のにおいがわきたつようでなんとなく落ち着かず、マグカップを両手でもって揺らした。 「歩はインテリアに興味あるの?」 「え? なんで?」 「うちのなか、ずっとぐるぐる見てたからさ」 それは、どうしていいかわからずにそうしていただけなのだが。 一瞬、彼の方を向きかけたが、思い直してふたたび前を向いた。 「インテリアとかはよくわかんないけど、雑貨見るのはわりと好きかな」 「あー、たしかに、洋服屋さんとかよりもデートで入りやすいもんね」 わざとそういうことを言うんだ、この人は———— 神楽坂がマグカップを手に取るのが視界に入った。 すぐ右隣でコーヒーをすする音がして、その身近さがたまらなくなり、肩に頭を乗せた。 神楽坂は身動ぎひとつしない。歩はそのまま俯き加減でコーヒーを一口飲んだ。 マグを口から離すと、神楽坂がこちらを向いているのが気配でわかって、テーブルに置いてからも俯いたままでいた。
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