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「恭ちゃん、俺のこと息子みたいに思ってないって言ったじゃん。今更、そういう風に言うのってずるいよ」
「息子みたいだとかそういうことじゃなくて——君はまだ、大人の誘導次第でどうにでもなっちゃう年齢だから」
「俺は誰にも誘導なんてされない……」
神楽坂が好きだ。
好きだから、自分の意思でここに来た。
こうなることを覚悟し、望んで部屋に入ったのだ。
歩は首を横に振りながら、神楽坂の肩に額をつけた。
背中に手を回しても彼の腕はだらりと下がったままで、応えてくれる気配はない。
「今まで同い年くらいの女の子と付き合ってきたから、俺といると新鮮なことばかりかもしれない。魅力的に映ることもあるのかもね。それに親友が歳の離れた同性と付き合ってるから、自分ももしかしたら——って感化されるのは、よくわかるよ」
「感化されてなんかない!」
顔を上げ、至近距離で睨みつけてみるが、神楽坂はうっすらと笑うだけだった。
すべて見透されているようでいてなにも映っていない。いや、あえて見ようとしていない——そんな目をしていた。
「歩はもっとちゃんと考えたほうがいい。その年で男と付き合うっていうことが、どういうことなのか」
そして今度は真っ直ぐな視線を注いでくる。
考える?
そんなの理屈ではない。ただ自分は単純に————
「恭ちゃんが好きで、特別になりたいって思うことがそんなにいけないことなの?」
「違う。そういうことじゃなくて……」
「恭ちゃんだって思わせぶりなこと言ったじゃん。俺のことからかってたの? 違うでしょ……」
神楽坂は、かたく口を結んだまま黙っている。
「俺は恭ちゃんが好きだし、恋人になりたい。恭ちゃんは俺をどう思ってるの?」
沈黙が流れる。
隣の住人の部屋から、水を出すような音が微かに響いて、やがて止まった。
「俺は……」
神楽坂はめずらしく歯切れの悪い、たどたどしい口調で言った。
「俺は君が、おっかない」
その視線はフローリングを捉えたまま、揺らいでいる。
理性を奮い立たせながらも、時折、情欲にとりつかれて気弱になる——そんな彼の姿を目の当たりにすると、まぶたの裏がぽわんと熱くなった。
歩は彼の耳の付け根にキスをした。
「おっかない? 癒やされるんじゃなかったの」
「癒やされるよ。これからも癒されたい」
歩は内股に力を入れて、彼の腰を挟むようにしながら、耳たぶを甘噛みした。
挑発しても、彼は身を捩ったり息のひとつさえ漏らすことはなかった。
「恭ちゃんにとって俺は、ただのイルカ? 目の前に置いて眺めて、疲れた時に癒やされたいだけの存在なの?」
そこでようやく、神楽坂の体が微かに反応した。
「そんなわけないって、歩がいちばんよくわかってるでしょ」
瞳がやはり、揺れている。
アルコールが入っていなければ、彼の鉄仮面はいくら叩いたところでびくともしなかっただろう。
今はそこに亀裂が入り、本音がうっすらと見え隠れしている。
「歩を可愛いと思ってる。可愛いすぎて苦しいよ。息が詰まりそうなぐらい」
小さく息を吐いた神楽坂のまつ毛の束の隙間から、瞳が危うげに泳いだのが見えた。
こじ開けたい。
彼の中に居座る道徳心や理性など、すべてひっぺがしてやりたいと思った。
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