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「ごめん。怒った?」
寄り添うと、彼が肩で息をしているのがわかった。
やはり冷静ではない。
熱が冷めていくと同時に、自分はもしかしたら、なにかとんでもないことをしてしまったんじゃないか——そんな焦燥感に駆られた。
「自分自身にね」
神楽坂は額に手を当てて、頭痛でも堪えるように俯いた。そしてその後に続いたため息の長さに、歩は打ちのめされそうになった。
「……しばらく会うのよそうか」
「なんで?」
それは歩がいちばん恐れていた言葉だった。
「歩はさ、今はやっぱり同年代の子と付き合ったほうがいいよ。同級生とか、君が決めたなら——玄君でもいいと思う」
歩は、腕に力を込めて彼を引き寄せた。
「俺は恭ちゃんが好きなのに、なんでそんな意地悪なこと言うの?」
「意地悪じゃない。君が大事だから言ってる」
歩にはわからなかった。大事だというのなら、ありのままの気持ちを受け止めてほしい。
「今日のことは……歩の好意を知りながら部屋に誘った自分に全責任があるから」
「違う。俺が勝手にやったんだよ。全部、俺が……」
「でも俺は大人だから。君の行動にも責任を持たなきゃいけない」
歩は腕を掴んで、そっと正面に回った。
神楽坂の目はやはり、不安定に泳いでいた。その表情を見て、歩は初めて、自分の迂闊さを思い知ったのだった。
「ごめん。もうあんなことしない。だから会わないなんて言わないでほしい……」
「歩はもうそろそろ受験でしょ。俺と会う暇なんてないはずだよ」
首を振って胸に寄りかかるが、肩を押されてしまった。
「一緒に帰るだけでもいい。どっか連れて行ってほしいなんて言わないから」
食い下がるものの、彼は目を閉じたまま顔を逸らした。
「歩の気持ちには応えられない」
ずぶりと、胸をえぐられる思いだった。
痛みが身体中に広がる前に、歩は声を張った。
「好きでいるのもだめなの……?」
神楽坂は慰めるように肩をひと撫でし、軽く叩いた。
先ほど寄り添っていたときのような熱はもう、彼の指先にはこもっていなかった。それを受け取ったとき、歩はゆっくりと落下していくような、そんな感覚に襲われた。
「……もう、ひと月経った」
「なにが?」
「今は感情的になってるけど、少し離れている間に冷めるよ。ほかと同じように俺も——30日間の命でしょ」
そのまま神楽坂は、廊下に出て行ってしまった。
ほかと同じ?
30日間の命———?
ドアの閉まる音とともにやってきた痛みは、ありとあらゆる抵抗を押さえつけ、一切の言葉を奪ってしまった。
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