接近 06

5/5
前へ
/131ページ
次へ
「ごめん。怒った?」 寄り添うと、彼が肩で息をしているのがわかった。 やはり冷静ではない。 熱が冷めていくと同時に、自分はもしかしたら、なにかとんでもないことをしてしまったんじゃないか——そんな焦燥感に駆られた。 「自分自身にね」 神楽坂は額に手を当てて、頭痛でも堪えるように俯いた。そしてその後に続いたため息の長さに、歩は打ちのめされそうになった。 「……しばらく会うのよそうか」 「なんで?」 それは歩がいちばん恐れていた言葉だった。 「歩はさ、今はやっぱり同年代の子と付き合ったほうがいいよ。同級生とか、君が決めたなら——玄君でもいいと思う」 歩は、腕に力を込めて彼を引き寄せた。 「俺は恭ちゃんが好きなのに、なんでそんな意地悪なこと言うの?」 「意地悪じゃない。君が大事だから言ってる」 歩にはわからなかった。大事だというのなら、ありのままの気持ちを受け止めてほしい。 「今日のことは……歩の好意を知りながら部屋に誘った自分に全責任があるから」 「違う。俺が勝手にやったんだよ。全部、俺が……」 「でも俺は大人だから。君の行動にも責任を持たなきゃいけない」 歩は腕を掴んで、そっと正面に回った。 神楽坂の目はやはり、不安定に泳いでいた。その表情を見て、歩は初めて、自分の迂闊さを思い知ったのだった。 「ごめん。もうあんなことしない。だから会わないなんて言わないでほしい……」 「歩はもうそろそろ受験でしょ。俺と会う暇なんてないはずだよ」 首を振って胸に寄りかかるが、肩を押されてしまった。 「一緒に帰るだけでもいい。どっか連れて行ってほしいなんて言わないから」 食い下がるものの、彼は目を閉じたまま顔を逸らした。 「歩の気持ちには応えられない」 ずぶりと、胸をえぐられる思いだった。 痛みが身体中に広がる前に、歩は声を張った。 「好きでいるのもだめなの……?」 神楽坂は慰めるように肩をひと撫でし、軽く叩いた。 先ほど寄り添っていたときのような熱はもう、彼の指先にはこもっていなかった。それを受け取ったとき、歩はゆっくりと落下していくような、そんな感覚に襲われた。 「……もう、ひと月経った」 「なにが?」 「今は感情的になってるけど、少し離れている間に冷めるよ。ほかと同じように俺も——30日間の命でしょ」 そのまま神楽坂は、廊下に出て行ってしまった。 ほかと同じ? 30日間の命———? ドアの閉まる音とともにやってきた痛みは、ありとあらゆる抵抗を押さえつけ、一切の言葉を奪ってしまった。
/131ページ

最初のコメントを投稿しよう!

798人が本棚に入れています
本棚に追加