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ジェットコースター 02
「なんだよそれ」
食べ終わった菓子パンの袋を手のひらで丸めながら、三月の声が愉快そうに上擦るのを、歩は聞き逃さなかった。
「なんだよって、なんだよ」
「いや、だってなんでお前、おっさんとデートしてんの」
「別にデートじゃないから」
歩は声のトーンを抑えて、彼に身を寄せた。
雨天のせいか、昼休みの教室はいつもよりも人口密度が高い。ふたりの前後を絶えず生徒が行き来しているから、いつ誰に会話を聞かれるかわからなかった。
普段は冷静な歩の慌てふためく姿がよっぽど面白いのだろう。三月の上り気味の眉尻や幅広な二重まぶたが、珍しいものでも見るかのように盛り上がった。
「おっさんにせがまれて観覧車に乗るとか、デートじゃなかったら何なん」
言葉に詰まり、誤魔化すためにサンドイッチを口に押し込んだ。
——昨日の接戦の末、自身が優勢な立場にあると知った三月は、早々に思い人の元へと向かっていった。
神楽坂は、ひとり残された歩に「憂さ晴らしに焼き肉に行こう」と声をかけてくれたのだった。
彼から誘われたことは想定外だったが、内心、嬉しかった。単純にもう少し話してみたいと思っていたのだった。
ただ、行きつけの焼肉店とやらに向かって白山通りを歩き、水道橋駅付近まで来て「観覧車に乗ろう!」と唐突に提案されたときは、さすがに戸惑った。
神楽坂はたまたま居合わせたのが自分じゃなくても、同じようにそう提案していたのだろうか————
「で? その後はどうしたの」
「普通に観覧車降りて……焼き肉屋が定休日だったから近くのデニーズに入って——そのあと普通に駅で別れた」
「連絡先交換した?」
「してないよ」
三月は黙って頬杖をついていたが、尖らせた口元が「なんだつまらない」と代弁しているかのようだった。
そしてそれは、自分自身の代弁でもあった。
食事をしながら、神楽坂は今の若者の間で流行っていることを尋ねてきたり、スマホでよく見ているサービスやサイトについて聞ききたがった。
それは、歩への興味というよりは——ふだん触れることのない世代に対しての興味という印象だった。
駅で「ありがとう、楽しかった」と言って笑うと、彼はまた神保町方面に向かって颯爽と歩いていってしまった。
その軽い足取りは、失恋の痛手を負っているようには見えず——歩き出したそばから、こちらの存在などもう忘れてしまっている気さえした。
彼の姿が見えなくなると、歩はかつて抱いたことのない、妙な感覚に陥った。
快か不快かの判別もつかぬ、青々とした煙幕に巻かれたような————
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