あなたはずるい 03

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「俺ね、ゆくゆくは映画俳優になりたいの」 すると玄は、頬杖をつきながらこちらを見て言った。 「そうなの?」 「さざんかの支配人にね、言ってんだ。俺の主演映画特集でオールナイト上映するまで、営業続けてねって」 それからしばらくして、店主が飲み物とモーニングセットらしきトレイを持ってやってきた。4枚切りの厚切りトーストが半分と、オムレツ、ソーセージが乗ったオーソドックスなモーニングプレートだ。 これにコーヒーをつけるのが玄の定番メニューで、最近は彼のファンがまったく同じものを頼むのだと、店主が教えてくれた。 「モノ食うんだね」 トーストをかじる玄の姿を見て、歩は変に感心してしまった。 「……そりゃ、ニンゲンだからね」 やはり人間だったのだ、と改めて思った。 彼がなにかを食べているのを見るのはこれが初めてだ。 やはり、モデルだから食事を極端に控えているのだろう。バイト先でも映画館でも、彼は常に飲み物だけで、なにも食べていなかった。 「ま、24時間ぶりのごはんだけどね。たんすいかぶつは72時間ぶり」 笑いながら、歩にも食べろと勧めてきた。 オムレツは柔くて、フォークで突くととろりと割れ、たちまち黄色い水たまりをつくった。 トーストを千切って卵液につけると、口に放った。 ——食事をしている間に、歩は玄のこれまでの経歴を知ることができた。 中学生のときに今の事務所にスカウトされて入所したが、当時はヘアカタログのモデルをたまにやる程度で、学業のほうに主軸を置いていたそうだ。 その後、シアターさざんかに通うようになり、映画業界に漠然とした憧れはあったものの、高校が進学校だったため、将来はこのまま大学に進むものと思っていたらしい。 のんびりしていた芸能活動が激変したのは、高校3年生の時に事務所の斡旋で『ONe』の専属モデルのオーディションを受け、合格した頃だという。 本人は、モデル業にはさほど興味がないようだが、俳優の登竜門と呼ばれる今の立ち位置にいられることは、純粋にありがたいと思っているらしい。 好きな映画や映画監督について語る玄はいきいきとしていて、血の通っている生身の人間という感じがした。 また、意外だったのは、彼には時代劇に出たいという願望があるらしく、週に一度、乗馬を習っているということだった。 この日本人離れした風貌に、果たしてちょんまげは合うだろうか。背も高すぎるし、顔も小さすぎる気がするが————オレンジジュースをストローですすりながら、彼の姿をまじまじと見つめた。 玄はひとしきり話すと、やがてフォークを置いて、ソファーにもたれかかった。
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