ジェットコースター 02

3/3

798人が本棚に入れています
本棚に追加
/131ページ
「……タロを通して返してもらえば」 「ばか、お前ふざけんなよ」 「冗談だよ」 タロとは、三月ののことだ。 その犬のような呼び名はもちろん三月だけが使っている愛称で、本名を末永(すえなが)謙太郎(けんたろう)という。 三月が初めて自ら恋い焦がれた相手が、子供のころから付き合いのある父親の親友で35歳、それも同性だということを知った時は、驚かなかったといえば嘘になるが、それでもそれほどの衝撃はなかった。 なぜだろう。 むしろ、しっくりとくるこの感覚は——— 「アユが返してきてよ」 顔を上げると、三月はにやりと笑いながら見上げてきた。 サンドイッチの切れっ端をほとんど噛まずに飲み下したせいで、胸のあたりに突っかかりを感じた。 「は? なんでだよ」 「アユが行くほうが喜びそうじゃん」 言われて、不覚にも唇を結んでしまった。その反応を見た三月の口角が不自然に歪む。 咳払いをしてごまかしてはみるが、ますます彼を愉快にさせるだけで、何の意味もなかった。 「いーじゃん。アイス奢るから」 「アイスより交通費のほうが高くつくだろ」 三月は頰をかき「それもそうだな」と唸った。 「じゃあもう、おっさんの会社に送っちゃおっかな。名刺はもらったし」 歩は何も言わなかった。 それが挑発だとわかっていたし、これ以上、彼を愉しませてやる義理もなかった。 歩はウェットシートを2枚出し、一枚目で油のついた指先を、もう一枚でスマートフォンの画面を拭いてから、何食わぬ顔で画面をタップした。 友人からのメッセージに返信する内容を考えてみるものの、雑念が押し寄せて思考の余力を奪ってしまった。 もう一度、神楽坂に会う。 会える。 でも、変に思われないだろうか。 意識していると———— 「ねー、封筒持ってない?」 その時、たまたま机を横切った女子に三月が声をかけた。 彼女は、突然三月に話しかけられたことに身構えたが、だいぶ間が空いてから「部費を入れる茶封筒ならある」と答えた。 「じゃあ1枚ちょーだい。封筒ってハガキ大ぐらいのサイズ? ハンカチぐらいなら入るよね」 ハンカチという単語を拾い、歩は思わずスマートフォンを机に置いて顔を上げた。 それを見た三月は「ほらね」と言わんばかりに、にたにたと笑ったのだった。
/131ページ

最初のコメントを投稿しよう!

798人が本棚に入れています
本棚に追加