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激と静の波間に 02
手を振りながらマンションの中に入っていく周を見届けると、歩は途端に心細くなって、後部座席で俯いた。
送っていくと言われた時、一度は遠慮した。
戻ってきた神楽坂は、感情を植え込みに吐き捨ててきたかのように、いつも通りの表情を浮かべてはいたが、やはりどこか疲れて見えたからだ。
いいからと車に乗せられた時も、てっきり自分が先に下されるのかと思っていた。
しかし神楽坂はわざわざ迂回して、先に周を下ろした。
ふたりきりになるとは思っていなかったから、どうしていいのかわからず、歩はただ膝の上で拳を握りしめていた。
「隣、来ないの?」
静かに言われて、顔を上げた。
彼は発進せずに止まったまま、ミラー越しにこちらを伺っている。
歩は無言でシートベルトを外すと腰を上げ、助手席に座り直した。シートのリクライニングがやや倒れていて落ち着かず、もたれずに背すじを伸ばした。
「突然、ごめんね」
神楽坂はハンドルを両手で握りしめたまま、その上に額をつけて微笑みかけてきた。
なんとか首を左右に振ることはできたが、言葉を発するのは難しかった。
本当は嬉しかった。ずっと会いたかった。
そう言いたかったが、言ってはいけない気がしたのだ。
新たな言葉を交わさぬまま、車が発進する。
せめて赤信号で止まってくれれば——そう思うが、今日に限ってつかまらない。
会話の糸口が見つからぬまま、自宅が近づいてくる。
いよいよ最寄りの曲がり角まで来た時、彼はこの前そうしたように、曲がらずにそのまま突っ切った。
そこで初めて、歩は神楽坂のほうを見た。
当たり前のようにハンドルを握るその強引さが、腹立たしくて、嬉しかった。
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