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激と静の波間に 03
神楽坂が歩の肩に身を預けていたのはほんの数分のことだった。
彼はゆっくり体を離すと、やや気恥ずかしいのかふたたび運転席のシートに身を沈め、リクライニングを倒した。
そのままこちらにそっぽを向くように動かずにいたが、本当に疲れていたのか、やがて眠ってしまった。
腹部が規則正しいリズムでゆっくりと膨らみ、萎む。その穏やかな動作を見つめながら、歩は言いようのない感情に包まれていた。
それは、なにかが足元から満ちてくるような静かな律動で、分化できない感情だった。
窓側を向いた彼の、顎から首にかけての骨のラインに見惚れた。
手を握ろうとのばした腕をふたたび引っ込めたのは、眠りを妨げてしまうことへの懸念だった。
歩は、神楽坂が眠り続けるのをひたすらに見守っていたいと思った。
いまこの瞬間、無防備なひとときこそが——本当の彼とのつながりのようなものを実感できるのだった。
外の風が止んだころには、日付が変わっていた。
スマートフォンが震えていることに気づき、歩は半身を浮かせてポケットをまさぐった。
家族には遅くなる旨を連絡しておいたのだが、0時を回ってさすがに心配したのかもしれない。
画面を見ると、メッセージの送信主は母親ではなく、玄だった。
「あゆむねたー?」
連絡がきたのは、この前会って以来だ。その唐突さが、いかにも彼らしかった。
「寝てない」と返すとすぐに返信があり、何をしているのかと聞かれた。
歩は少し迷ったのちに「好きな人と一緒にいるよ」と送った。無神経かとも思ったが、彼なら大丈夫だろうと、ざっくりと判断したのである。
結果、その読みは正しかった。
「ごめん。もしかしてエッチ中?」
メッセージを見て、歩は思わず吹き出してしまった。
いくらなんでも、最中に返信できるわけがない。一応否定したが、彼なりに気遣ったのか、早々に会話を切り上げてくれた。
——最後に、「また会える日連絡するね」という一文を添えて。
画面を見つめながら、歩は首を捻った。
やっぱり変な奴だ。嫉妬もしなければ、束縛も契約めいたこともしない。
しかし、決してこちらに興味がないわけではないし、また会いたいと言ってくる。
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