TOKYO NIGHT 03

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TOKYO NIGHT 03

六本木駅の改札を出て、指定された出口の階段を上がると、手を上げて近づいてくる高い影が見えた。 めずらしく帽子を目深く被って、変装じみたことをしている。 「今日、なんかいつもと感じが違うね」 「あー、まあ、人多いしね」 並んで歩き始めるが、手を取られることもなかった。 玄の雰囲気や挙動は、ベールを一枚隔てているようなよそよそしさがあり、歩はどこか居心地の悪さを感じた。 「無理に呼んでごめんね。あいつ、言い出したらしつこいから……。1時間ぐらいでいいから付き合ってくれる?」 あいつと呼んだときの口調はやや乱暴で、おそらくその友人とやらは男性なのだろうと悟った。 「それは別にいいけど……」 「その後、うちおいで。早く歩とふたりになりたい」 車の音で途切れ途切れになった、誘惑の言葉。 久々に受け取る甘い耳打ちに、歩は俯いたまま返事をはぐらかした。 ——歩の住む白川よりも気温が高い気がするのは、活動する人々の熱量が放散されているからかもしれない。 日付が変わるころにはすっかり寝入ってしまう白川とは逆で、夜になると末端にまで血が巡り、躍動し出す——それが、この街に降り立った時に受けた印象だった。 やたらと小綺麗なビルの前で玄が足を止めた時、歩は外観をまじまじと見つめ、首を傾げた。 ほかの雑居ビルと違い、看板もなければ入り口も見当たらない。 まるで、その一角だけがひっそりと眠っているかのようだった。 「この地下」 路地を曲がると、端っこに小さな自動ドアがあるのが見えた。まるで裏口のようだが、ここがれっきとした正面玄関らしい。 エレベーターが開くと、暗い眠りのなかから、突然、夢の世界に落とされたような錯覚に陥った。 重厚なつくりのエントランスは、一流高級ホテルのようだった。入り口からして豪奢ではあるが、室内の様子はまったく見渡すことができない。 受付らしき場所をそのまま素通りして、中に入っていく玄の後を、あわててついていく。 室内もやはり贅沢つくりであることに変わりはなかったが、どうも妙な違和感を覚えた。 オープンスペースには仕切りがあり、客同士の顔が見えないようになっている。薄暗いなかで、仕切りの下から足が突き出ているのが垣間見えた。 奥にはバーカウンターが見えるが、誰も座っていない。カウンター席は実質、ただの飾りで、客を迎えるスペースではないらしい。 「ここ、芸能人用の店なの?」 「そーゆーわけじゃないよ。会員制だけどね」 店員の姿も見当たらず、ただ通路を歩くだけでは、ここがレストランなのかバーなのかさえもよくわからなかった。 奥には個室らしきドアがいくつかあり、玄はその一番奥のドアの前で止まると、ノブを掴んだ。 入って、さらに目眩がした。 10畳ほどのフロアには大きなソファーとテーブルが設置されている。 その贅沢さにも驚いたのだが、なにより歩の気を引いたのは、部屋の奥に設置されたソファーベッドだった。磨りガラスの向こうには、なにやらバスルームらしき空間も広がっている。 ここは一体なんなのだろう。飲食店? バー? それとも———
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