TOKYO NIGHT 03

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「こんにちはー」 瞬間、こちらの戸惑いを打ち消すような、通りの良い声が響いた。 10人ほど座れそうな長いソファーに、玄の友人と思しき男性が、ひとりで座っている。その背格好を見てすぐに、玄と同業の人間だということがわかった。 動転しながらも、手招きされるままに隣に座ると、歩を真ん中に挟む形で、玄も腰を下ろしてきた。 「大和(やまと)。同じ事務所で、モデルやってる」 紹介を受けて、歩はあらためて大和とやらに向き合い、頭を下げた。 「歩君だよね。よろしくね」 玄と違って、線は細くない。ただ、骨格そのもののつくりが、一般人のそれとは全く違った。 なんか嫌だな。 彼と向き合った瞬間、そう思った。 奥二重の目は一見温和なようでいてどこか虚ろに濁り、こちらを不安にさせる要素がある。 隣に座ると、彼からの視線は容赦なくこちらに向けられ、じっくりと品定めされているような不快感を覚えた。 大和はひとしきり歩を見つめると、豪快に背もたれに身を預け、玄に言った。 「いやー、やっぱりお前さー……」 笑いながら、背後で玄を小突いている。 ふたりのやりとりの内容まではよくわからないが、間違いなく自分に関連することだと思うと、一層、心地が悪くなった。 大和はそのままソファーの背もたれに腕を伸ばし、意図的に歩のうなじに密着させてきた。 「歩くんはいくつなんだっけ?」 「17……、高2です」 「そっかー。来年受験?」 「はい」 大変だねー。 聞いておきながら、こちらのことなどまるで興味はなさそうだった。 玄は、自分のことをどこまで彼に話しているのだろう。 大和の腕がソファーから外れ、ついに肩に乗せられた時、歩はすがるような視線を玄に投げた。しかし、彼はうっすらと微笑むだけで、助け船を出してはくれなかった。 緊張で喉がからからに乾き、歩は玄が差し出しくれた飲み物のグラスを煽った。中身はただのウーロン茶で、少し安堵する。 それからしばらく、彼らは普通に仕事の話をしていたが、その間も大和は必要以上に歩を抱き寄せていた。 肩に回された手が腕や腰にまわり、執拗に撫でられ、歩は俯きながらグラスを両手でもてあそぶしかなかった。 一方、玄は会話もそこそこにスマートフォンばかりを気にしていた。 誰かとしきりにメッセージのやりとりをしているようだ。やがてスマートフォンが一定のリズムで震えると、慌てて立ち上がった。 「玄……」 不安に駆られてやっと声を絞り出すと、頭を撫でられた。 「大丈夫。すぐ戻る」 「いいよー、どうぞごゆっくりー」 玄は大和を制圧するように真っ直ぐ見つめた。 大和を見下ろす、ごろりとした錆色のふたつの玉は、温度がないとすさまじく冷ややかな印象をこちらに与えた。 「歩をいじめないでね」 抑揚なく言うと、スマートフォンを耳にあてながら、部屋から出て行ってしまった。
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