798人が本棚に入れています
本棚に追加
「こんにちはー」
瞬間、こちらの戸惑いを打ち消すような、通りの良い声が響いた。
10人ほど座れそうな長いソファーに、玄の友人と思しき男性が、ひとりで座っている。その背格好を見てすぐに、玄と同業の人間だということがわかった。
動転しながらも、手招きされるままに隣に座ると、歩を真ん中に挟む形で、玄も腰を下ろしてきた。
「大和。同じ事務所で、モデルやってる」
紹介を受けて、歩はあらためて大和とやらに向き合い、頭を下げた。
「歩君だよね。よろしくね」
玄と違って、線は細くない。ただ、骨格そのもののつくりが、一般人のそれとは全く違った。
なんか嫌だな。
彼と向き合った瞬間、そう思った。
奥二重の目は一見温和なようでいてどこか虚ろに濁り、こちらを不安にさせる要素がある。
隣に座ると、彼からの視線は容赦なくこちらに向けられ、じっくりと品定めされているような不快感を覚えた。
大和はひとしきり歩を見つめると、豪快に背もたれに身を預け、玄に言った。
「いやー、やっぱりお前さー……」
笑いながら、背後で玄を小突いている。
ふたりのやりとりの内容まではよくわからないが、間違いなく自分に関連することだと思うと、一層、心地が悪くなった。
大和はそのままソファーの背もたれに腕を伸ばし、意図的に歩のうなじに密着させてきた。
「歩くんはいくつなんだっけ?」
「17……、高2です」
「そっかー。来年受験?」
「はい」
大変だねー。
聞いておきながら、こちらのことなどまるで興味はなさそうだった。
玄は、自分のことをどこまで彼に話しているのだろう。
大和の腕がソファーから外れ、ついに肩に乗せられた時、歩はすがるような視線を玄に投げた。しかし、彼はうっすらと微笑むだけで、助け船を出してはくれなかった。
緊張で喉がからからに乾き、歩は玄が差し出しくれた飲み物のグラスを煽った。中身はただのウーロン茶で、少し安堵する。
それからしばらく、彼らは普通に仕事の話をしていたが、その間も大和は必要以上に歩を抱き寄せていた。
肩に回された手が腕や腰にまわり、執拗に撫でられ、歩は俯きながらグラスを両手でもてあそぶしかなかった。
一方、玄は会話もそこそこにスマートフォンばかりを気にしていた。
誰かとしきりにメッセージのやりとりをしているようだ。やがてスマートフォンが一定のリズムで震えると、慌てて立ち上がった。
「玄……」
不安に駆られてやっと声を絞り出すと、頭を撫でられた。
「大丈夫。すぐ戻る」
「いいよー、どうぞごゆっくりー」
玄は大和を制圧するように真っ直ぐ見つめた。
大和を見下ろす、ごろりとした錆色のふたつの玉は、温度がないとすさまじく冷ややかな印象をこちらに与えた。
「歩をいじめないでね」
抑揚なく言うと、スマートフォンを耳にあてながら、部屋から出て行ってしまった。
最初のコメントを投稿しよう!