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「んっ……」
その隙に唇を奪われてしまう。
アルコールと香水の混ざり合った匂いに吐き気がしたが、覆いかぶさられてしまい、太刀打ちができなかった。
「歩君、ほんと可愛いよね」
耳打ちされ、寒気が走る。
恐怖のあまり固まっていると、大和は自身のパンツのポケットをまさぐり、なにかを出した。
「緊張してるね。お酒だけじゃリラックスできなかったかな」
錠剤のようなものを自分の口に放り込み、噛み砕くと、また近づいてきた。
口腔内に舌が侵入してきて、なんともいえない苦味が広がる。
吐き出したかったが、絶えずキスを繰り返されるうちに苦しくなり、とうとう飲み込んでしまった。
「いまの、なに……?」
「大丈夫。半分こしたからね」
ニットをたくし上げられ、冷たい指が胸や腹を這う。
身動ぎするたびに大和の熱い息が耳元にかかって、恐怖と混乱に包まれた。
「玄さー、エッチうまいでしょ」
「知らないです……」
大和はにやついたまましばらくこちらを見下ろしていたが、やがてまた耳打ちをしてきた。
「あいつさ、プロデューサーとかお偉いさんと寝まくってるよ」
「え?」
「本庄卓馬の『プール』って小説知ってる? それが映画化するらしいんだけどね。あいつ、それのキャストに内定してんのよ」
本のタイトルは歩も知っていた。たしか昨年に本屋大賞かなにかをとった恋愛小説だ。
ミーハーな母親がすぐに買ってきていたから、家にも本があるはずだ。
「池和田修が監督らしいからね。どうしても出たかったんじゃない? その一本の映画のために何人と寝たんだか……。野心ってこわいよね。『ONe』の専属になる前は、本人もこんなんなるって思ってなかっただろーなぁ……」
池和田修——その名を、最近まで歩は知らなかった。
先日、喫茶店で彼の作品について、玄から熱く語られるまでは。
「あれ、ショック受けちゃった? ごめんね」
「そんな……」
「じゃー、やなことは忘れちゃおっか」
熱い息が、首筋をなぞる。
彼から受けるそれらは変わらず嫌悪感しかないのに、体の芯が疼き、火照ってくるのを感じた。
「やめてください」
「えー、いいね。もっと拒否って。燃えるから……」
この男の場合、抵抗することが逆効果らしい。
足をばたつかせてみるものの、腕を押さえつけられてしまった。
そのまま、敏感な部分に膝を押し当てられ、不覚にも身体が反応してしまう。
「嫌だ」
下着の中にまで指が伸びてきたとき、歩は手首を掴んで抵抗したが、軽く扱かれただけで指先に力が入らなくなった。
まるで、心と体が切り離されてしまったかのようだった。
「ほんとに、やめてください……」
視界が霞む。
朦朧とする意識のなかで、神楽坂の顔がふと浮かんだ。
あの時、彼の忠告を聞いておけばよかった。
なにが前に進ませてほしいだ。
この状況で、笑わせる————
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