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TOKYO NIGHT 04
「……ごめん」
店を出た時、玄はぽつりと呟いた。
羽織ったジャケットの隙間に風が吹き込み、皮膚を突き刺す。痛みと疼きが同時に広がり、歩行を困難にさせた。
この短い時間に起きた色々なことが、うまく整理できない。
玄に支えられるたびに、触れた部分がいちいち疼いた。
大した刺激もしていないのに、身体中の血液が下半身に向かって集まっていくような感覚が続くのは、先ほど飲まされた錠剤のせいだろう。
小刻みに震えていることを悟ったのか、玄が顔を覗き込んでくる。
「さっき、なにか薬みたいなの飲まされた?」
「うん……」
「とりあえず俺の家いこ」
タクシーが並んでいる大通りまで行き、そのひとつに乗り込むと、唐突に虚しさが訪れた。
一体、自分はなにをやってるんだろう————
「歩、大丈夫?」
コートの襟が首筋をなぞるだけで、あらゆる神経が過敏に反応する。
刺激しないようゆっくりシートにもたれかかると、窓の外を見た。
光と光が滲んでぼやけた色になり、黒い空に溶け込む。
綺麗だな————
ごくシンプルなその感情は、まるで自身から遠く離れた場所から発せられたようだった。
タクシーが列をなして、車道を走っている。
とまっている車を避けるようにして進んでいくので、なかなか速度が上がらない。
ようやくスムーズに走行し始めたと思ったら、先ほど降り立った地下鉄の出入り口の前で赤信号になり、停車した。
もう終電間際だが、吸い込まれていく人と同様に、吐き出されてくる人も多い。
歩は、人の流れをなんとなく目で追っていた。
すると、やがて人混みの中から頭ひとつ飛び出たシルエットが見えた。
その人物はあたりを見回しながら、停車している歩たちのタクシーの前まで来た。
「なんで……」
窓にぴったりと顔をつけたまま、口からこぼれ落ちた。
なぜ神楽坂がここにいるんだろう。
明日も仕事のはずなのに。よりによって、終電間際の六本木なんかに————
この体の震えは、薬からくるものではないだろう。
咄嗟に窓を開けようとしたが、ロックされているのかびくともしなかった。
ドアノブを引いてみても、案の定、同じだった。
「歩、危ないよ」
背後から玄に抱き寄せられて、一瞬、そちらに気を取られた。
ふたたび視線を戻したとき、タクシーはすでに動き始めていた。
歩は、神楽坂を目で追った。
彼は行き交う人々に気を取られていて、こちらに全く気づかない。
車が速度を上げる。
神楽坂はとうとう、こちらに気付くことはなかった。
シートに座り直し、上着のポケットからスマートフォンを取り出した。
案の定、神楽坂からはメッセージと着信が何件もあった。
大丈夫?
もうすぐ終電だけど帰れたの?
しつこくてごめん。心配なので、見たら連絡ください
時間差で届いていたそれらのメッセージを見たら、よくわからない感情が噴き出してきて、涙が頬を伝った。
放っておいてと言ったのに、なぜかまうんだろう。
付き合えないくせに、ほかを探せと言うくせに————
「歩……」
玄が指を絡ませてきた。
タクシーはどこに向かって走っているのだろう。
道を見ても、さっぱりとわからない。
ただ、神楽坂のいた場所から離れたことだけはたしかだった。
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