798人が本棚に入れています
本棚に追加
TOKYO NIGHT 05
タクシーに乗っている時間はそう長くなかった。
玄の住まいは高層マンションで、部屋のつくり自体は神楽坂のところとそう変わらない印象だったが、駐車場やエントランスなど、隅々まで厳重にロックされていて、住人と一切すれ違うことがなかった。
彼の部屋は生活感がなく、仕事の多忙さ——家で過ごす時間が少ないのであろうことが伺えた。
リビングの中央にある大きなテレビだけが、やけに存在感を放っていた。
「テレビでかいね……」
それまで無言を貫いていた歩がようやく発した一言に、彼は安堵したように笑った。
「映画観る用」
テレビからやや距離を開けて設置されたソファーを指され、腰を下ろした。
大きな掃き出し窓からは、東京タワーをかなり近い距離から眺めることができる。ビルとビルの隙間から突き出たそれは、夜の闇のなかで、強烈な存在感を放っていた。
歩はスマートフォンを握りしめて、神楽坂からのメッセージをなぞった。
神楽坂はまだ、あてもないまま自分を探しているのだろうか————
膝を立てて貝殻のように丸まり、わきあがる期待を封じ込めようとした。
彼は、中途半端に歩に関わってしまったことへの責任感で、ここまでしてくれているのだ。
自分の求めている感情とは違う。
わかっているのに、来てくれたことがただただ純粋に嬉しくて——あの時、もしタクシーの中で彼と目が合っていたら、迷わずその場で降りていただろう。
しかし、目は合わなかった。
こちらが視線を注いでも、彼は応えなかった。
ただそれだけのことだったが、つまり——そういうことなのだ。
彼は、歩の近くにいながらも、決して交わってくることはない。
歩はスマートフォンのアプリを開いた。
「今はもう玄の家にいます。心配しないでください」
それだけ送った。
メッセージはすぐに既読マークがつき、しばらくしてから
「わかった」
たった一言、返信がきた。
神楽坂は今、どういう顔をして、どんな気持ちでこのメッセージを受け取っているのだろう。
4文字の言葉からは、温度を感じることができなかった。
話したい。会いたい—————
衝動が込み上げてきてたまらなくなり、スマートフォンの電源を切った。
最初のコメントを投稿しよう!