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「和田さん…ここは!?」
竜二は焦り、辺りを見渡した。
竜二の視界には見慣れぬ風景が広がっている。
「…覚えてないんですか…ここは私の部屋です」
暁美は切なそうな表情を浮かべ俯いた。
「…ごめん、何も覚えてないんだ…俺、何かした?」
昨夜、酒を飲み過ぎた竜二は、どうして暁美の部屋に居るのか記憶がなかった。
「…私…初めてだったんです…竜二さんに抱かれて嬉しかったのに」
顔を上げた暁美の頬には涙が伝っている。
「えっ?…ごめん」
竜二は顔色を変え、額に汗を掻いた。
「…でも、分かってます…竜二さんにはフィアンセがいる事を…私、竜二さんの事…忘れます」
暁美は涙を拭き、無理して笑った。
竜二はその悲し過ぎる笑顔に、胸が張り裂けそうになった。
そして、口を開いた。
「…ごめんね」
竜二はその言葉だけが、今語れる全てだった。
「…気にしないでください」
「…ごめん…帰るね」
竜二はその言葉を残し、脱ぎ捨てられた衣服を羽織り、逃げるように暁美の家を出た。
美玲と暮らすマンションに戻った竜二は、恐る恐る玄関を開けた。
時刻は午前七時を少し回っている。
今日は土曜日。いつもなら美玲はこの時間、寝室で寝ている。
竜二は足音を消し、リビングのドアを開けた。
「おかえり。昨夜は帰ってこなかったが、どうしたんだ?」
テーブルに座り微動だにしない美玲は、顔だけをドアに向けている。
「…起きてたんだ…ただいま…仕事が遅くなったから、会社に泊まったんだ」
竜二は顔をひきつらせながら、初めて美玲に嘘を付いた。
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