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地獄の始まり
新しい家族の事態が急変し始めたのは、新しい家族五人で伊豆へ旅行に行ったときからだ。
新しい五人家族の形の基本と言うのはさっき言ったとおりなんだが、それが段々露骨になり始めてきた。
家から出発してから、みんな始めての家族旅行ということで思い思いに行動していた。
伊豆の景色はとても澄んでいて、海と山との狭間には眩しい太陽が降り注いでいた。
ひろみちゃんはいつものようにおしゃべりをしていて、それをお父さんと新しい母がひろみちゃんをはさむようにして聞いている。
彼と順二は黙って頷いている。
段々と違和感のある新しい家族の形が露骨になっていく。
伊豆の旅行ではひたすら歩くことが多かったのだが、何処へ行くのも、父と新しい母とひろみちゃんがいつも一緒、彼と順二を除いた三人はすごく楽しそうにはしゃぎながら歩いている。
彼と順二は後ろから申し訳無さそうについていくというような感じ。
父も新しい母もひろみちゃんも、話に夢中で、彼と順二にまったく話し掛けようとしてこない。
もうこの辺で気付き始めた。
(何かがおかしい…..)
と。
父が再婚する前、彼と父と順二との三人での生活のときはこんなことは無かった。
三人とも会話らしい会話は無くどこか物悲しい家族だったけれど、三人ともそれなりにまとまっていた。
ところが、そんな三人での生活も新しい家族の形態により、今までが嘘だったかのようあっという間に崩れ去って行った。
二拍三日の初めての家族旅行はこんな感じだった。
彼と順二はどこかしっくりこなかった。全然面白い旅行じゃ無かった。
深い物悲しさと孤立感だけ植え付けられた最悪の旅行だった。
旅行から帰って来ると彼も順二疲れていたせいか、家に帰るとすぐに自分の部屋にこもり、いつものように、テレビをつけゴロゴロしていた。
すると、突然継母が、(ここからはあえて母とは言わないで継母と言わせてもらう)
彼等の部屋まで来て
「ちょっとあなた達、来なさい。言いたいことがあるから、早く来なさい。」
と怒鳴って来た。
近所中聞こえてしまうんじゃないかと言うようなとんでもない大きな声で。
彼も順二もビックリした。
テレビを消して、その継母の方を振りかえった。
その時の継母の表情は何かを刺すような何か獲物を殺すような、するどい般若のような表情だった。
ビックリするまもなく、継母は怒鳴り続けている。
「早く来なさい。あなた達いい加減にしなさい」
彼も順二も覚悟を決めて言われるがままに継母の方へと向かった。
なんと二泊三日の新しい家族での伊豆の旅行が終わってすぐに継母は僕と順二に対して怒鳴りつけてきた。
「あなた達いい加減にしなさい。話があるからこっちに来なさい」
彼と順二は、迫力に押されるようにして、継母の方へと向かった。
続けざまに、継母は、すごい剣幕で二人を怒鳴りつけた。
「ちょっと二人ともまずは正座しなさい。そしてきちんと話を聞きなさい」
二人は言われるがままに正座をし、継母の言うことを聞いていた。
いつもは家族で食事をする温かいテーブルの前に僕らは正座させられた。
そして、じっとこれから継母が言おうとすることに耳を傾けた。
正面には継母がいて、その両脇には妹のひろみちゃんと、父が黙って座っていた。
継母はすごい剣幕で怒鳴り散らした。
「あなた達、何が面白くないか知らないけれど、旅行でのあの態度は一体なんなの。不満があって、今のような態度を続けるならば、あなた達この家から出て行きなさいよ」
彼はそのセリフを聞いたとき唖然とした。
(ついこの間新しく母となったばかりの人が、新しい息子に対して発する言葉だと思えるだろうか、いきなり怒鳴りつけて、何てことを言うんだ)
彼は唖然としながらも、ことを確かめるように継母に言った。
「ちょっと待ってよ。僕らが一体何をしたって言うんだよ。別旅行が面白くなかったわけでも何でもないよ。僕らの態度って、無口で人見知りする性格だから、なかなか新しいお母さんやひろみちゃんに話し掛けることができなかっただけじゃないか。出て行きなさいなんて言わないでください」
「お父さんも、新しいお母さんが来ても、普通にしてていいぞ、って言ってくれたよね。無口な僕らの普通と言うのはあんな感じだよ」
彼は怒りと言う感情を押し殺し、できるだけ穏やかな口調で、唯一の理解者であると思っていた父に問い掛けるように話した。
しばらく黙って横で聞いていた父が何か思いつめたように話し始めた。
彼はてっきり
「まあまあお母さん、この二人はずっと前からこんな感じでおとなしいし、人見知りもするから、別に新しいお母さんを受け入れないとか、旅行がつまらなかったわけじゃないと思うよ。そんなに目くじら立てないで、あまり怒らないでやって・・・」
とでも言ってくれるもんだと思っていた。
ところが父は、すごい剣幕で怒鳴り散らしてる継母と一緒になって、彼と順二に信じられないようなこと言ってきた。
「剛も順二もお母さんの言うとおりだぞ。一体お前達の態度はなんなんだ。せっかくの新しい家族での旅行も台無しじゃないか。お前達が今のような態度を続けるようならばお父さんにも考えがあるぞ。本当にいい加減にしろよ」
彼は愕然とした。唯一の理解者であると思っていた父までもが彼と順二に対して怒鳴り散らすように言って来たからだ。
無口でめったに怒ったりしない父が始めて見せる顔だった。
今まで母を亡くしてから、父と彼と順二の三人で頑張ってきた温かい家族と言う形は完全に音を立てて壊れた瞬間でもあった。
まくし立てるように父はこう続けた。
「お前達二人がこのまま新しいお母さん染もうとしないような態度を続けるようだったら、お父さんが家賃は払ってやるし、生活費も出してやるから、どっか他にアパートでも借りて住め、もうお前達といるのも正直疲れたんだよ」
彼はその言葉を聞いた瞬間、目の前が真っ暗になり、しばらくの間、ぼう然としていた。
けれど時間が経つにつれて一つだけ理解できたことがあった。
彼は母を亡くしてから、三人での暮らしは約七年間続いた。その七年の間はいろいろあった。
三人で遊園地に行ったり、野球を見に行ったり、キャッチボールをしたり、ザリガニ釣りに行ったり、笑ったり、泣いたり、いろいろあった。
彼も順二もそれなりに楽しかったし、それなりに家族と言うもののありがたみを感じていた。
たとえお母さんがいなくても。
ところが父にとっては違ったみたいだ。
父は無口で大人しい彼や順二と一緒にいることが苦痛だったのではないだろうか。
すごくショックだったけど、そこまで言われてしまうと返す言葉はなかった。
辛かったけど、変にあきらめがついた。
フッと横を見ると、この会話のやり取りの間、順二は今起こってることがどういうことかわからずに、ずっと下を向いて泣いていた。
少し沈黙が続き、しばらくして継母がさっきとは打って変わって穏やかな口調で話し始めた。
「いいわね。お父さんの言ったこと、わかったわね。
いい、あなたたちのお父さんとお母さんはちょうど一年前出会ったのよ。「結婚相談所」というところで。
何度も会っているうちに私はお父さんの優しいところに惹かれていったの。
私の娘のひろみもあなたたちのお父さんと何回もあったり、食事をしたりしてお父さんもひろみのことを、ひろみもお父さんのことを気に入ったみたいで、問題はあなたたちだけなのよ。
もう剛君も順二君も物心ついてる歳だしね。そう簡単に新しいお母さんに馴染めないんじゃないかなってずっと心配だったのよ。けれどお父さんは言ってくれたわ。「剛のことも順二のことも心配するな俺が息子たちのことは何とかするから」って、それで私は再婚を決意したのよ」
彼等のいない間に、ことは全て進んでいたみたいだ。
これで全てが理解できた。
父には随分前から、もう彼と順二への親子としての愛情は薄れてたみたいだ。薄れて行った親子の愛より、安らぎを求めて男女の愛の方へと走ってしまったのだろうか。
父は彼と順二との三人での生活に疲れ果て「結婚相談所」に通い、継母や継妹ひろみちゃんに会ってるうちに、無口でおとなしい彼や順二と一緒の息のつまりそうな時間を過ごすより、そっちのほうが本当の家族のようになってしまったらしい。それがこう言った最悪の形になって現れた。
正座させられて、この一部始終のやり取りは約二時間近く続いた。
二時間近く正座させられていたため、彼の足はもうガクガクだった。
父や継母は全て言い終えてほっとしたような、満足げな表情をしていた。
その横でひろみちゃんがニヤニヤと笑っているように見えた。
彼と順二は説教が終わってから、すぐ部屋に戻り何も話さず、布団の中に潜り込んだ。
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