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母が入院してから、父と彼と順二の三人での生活が始まった。
三人での生活はすごく物静かで寂しいものがあった。いつも、家族を太陽のように明るく照らしてくれていた母がいない。
それだけで、家族の雰囲気がガラッと変わってしまうものなのだ。
会話も少なくなっていった。
話すことはいつも決まっていた。
「お母さん、いつ退院できるんだろうね」
「お母さん、早く良くなるといいね」
会話の内容はいつも母のことばかり。
どこの家族でするような、学校のことや、面白いテレビの話、野球の話、そんな会話は一切なかった。
学校でも彼の母が入院したことは、みんな知っていた。
多分友達の母と、彼の母が仲良かったりして知れたんだろう。
学校に行くと、毎日のようにみんなに聞かれた。
「山田君、お母さん良くなった」
「剛君、お母さんいつ退院できるの」
みんないつも彼のことを、心配してくれていた。悪気はないのだろうが、みんなに毎日同じことを聞かれるのがたまらなくいやだった。
母が入院してからは、自然と友達が彼の家に来ることもほとんどなくなっていった。
毎週日曜日になると、必ず彼ら三人は母のお見舞いに行った。彼はいつも日曜日になるのが待ち遠しかった。
彼の母もはじめのうちは、彼等にリンゴなんかむいてくれたりしてとても元気だった。
その母との空間はとても心地良かった。
彼と順二は母に会うたびに
「お母さん、大丈夫」
「いつ頃退院できそう」
と、いつもいつも同じことを聞いていた。
母も
「大丈夫、こんなに元気なんだから、すぐ良くなるわよ。剛も順二も心配しないで」
って、まったく健康そのものの笑顔で答えてくれた。
彼はそんな母の健康的な笑顔や、その力強い言葉を信じていた。
「きっと、良くなる。きっと、良くなる」
そう信じていた。
母が入院したのは寒い冬だった。
やがて、冬も終わり、春も過ぎ、物悲しい秋がやってきた。
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