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母の最後の姿
母から注射器をもらった週の日曜日、いつもの三人で母のお見舞いに行った。
「お母さん、頑張るからね」
という手紙の内容とは裏腹に、母はまるで別人のように衰弱しガリガリに痩せてしまっていた。
頬はこけ、顔は真っ青、全身はまるで骨と皮だけの状態だった。
病院に着くなり、父が必死に母に声をかけていた。
母の体の上に覆い被さるように、衰弱した体を濡れたタオルで拭きながら
「雅子、雅子大丈夫か。剛も順二も来たよ」
父は彼らには痩せこけた母の体を見せまいと覆い被さるように体を拭いていた。そんな父を手で振り払うようにして、母がこう言った。
「お父さんどいて、子供たちの顔が見たいの。
最後に子供たちの顔が見たいの。剛と順二の顔を見せて」
その後、彼と順二を何分かの間、会話もなくただじっと見つめていた母の痩せこけた顔は今でも忘れない。これが彼が見た母の最後の姿だった。
一九八一年十一月二十六日、彼の母は息を引き取った。
すさまじい病気と闘い、たくさんの笑顔と、思い出を残してくれた母は、天国へと旅立った。
彼が八歳の時のことである。
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