母との別れ

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母との別れ

 母が亡くなってから、お通夜やお葬式が立ていた。  母の入れられた部屋の中に置いてあった棺の中、今まで化粧なんてほとんどしなかった母の厚化粧の寝姿が今でも印象に残っている。  母のお通夜には、あのふるさと川崎の人達、あんちゃん、ゆうちゃん、かずちゃん、まちゃき、おじいちゃん、おばあちゃん等、懐かしい顔達がみんな集まり、みんな思い思いに、彼の母との思い出を語り合っていた。  彼はふるさと川崎の人達との久しぶりの再会に、喜び勇み高揚していた。  「あんちゃん、ゆうちゃん、おじいちゃん、おばあちゃん、かずちゃん、まちゃき、みんな会いたかった」  そうみんなに呼びかけたが、いかんせん久しぶりの再会が母の亡くなった場と言う悲しい場面だっただけに、川崎の人達はみな複雑な表情で剛との再会をぐっと噛み締めた。  「つよ君、こんな形での再会ってほんと辛いよな」  川崎の人達の真ん中にいたおじいちゃんが彼にそう言ったまま思わず目頭を押さえた。  おじいちゃんの周りを取り囲むように立っていたあんちゃんも、ゆうちゃんも、かずちゃんも、まちゃきも、おばあちゃんもみんな涙で顔がくしゃくしゃだった。喜び勇んでいた彼に何を話しかけるでも無く、ただ彼の母のお通夜を淡々と過ごしていた。  終始川崎のみんなは素っ気なかったが、こんな場では致し方ないのだろう。  周りを見渡すと、悲しみを紛らわそうと、べろんべろんになるまで酒を飲んでるゆうちゃん。  いつまでもハンカチで真っ赤な目を覆いながら、棺から離れようとしないあんちゃん。  母を亡くした彼と順二を心配してくれて、いつまでも彼らの頭をなでてくれたおじいちゃん、おばあちゃん。  「雅子おばちゃん、雅子おばちゃん」  ってあんちゃんの横で棺から離れようとしないかずちゃん。 彼と順二の手を握りしめ涙を噛み締めてるまちゃき。  みんな思い思いのものを胸に、辛さや寂しさと闘っていた。  お通夜に集まり彼を優しく包んだ人達は何も川崎の人達ばかりではなかった。  彼は小学校に上がると持ち前の大人しくも明るい性格からか友達もたくさんできた。  その友達達も彼の母の通夜に駆けつけた。  名は杉浦、香西、寺田君と言った。  「山田、なんて言って良いかわからないけど、俺たちずっとお前のこと応援してるからな」  杉浦君が彼をそう言って励ました。  「みんなありがとう」    彼は駆けつけてくれた友達一人一人に「ありがとう」の意を込めて頭を下げた。  川崎の人達や友達に包まれながらも、彼はつらさと戦っていた。  「お母さん。お母さん」 って、心の中で何百回と叫んだ。だけど涙は流さなかった。  ただ母を亡くしたと言う喪失感だけが彼を重苦しく包んでいた。  お通夜も終わり、次の日、母の遺体は火葬場へと運ばれた。   母との最後の別れ。  霊柩車の中、父は目を真っ赤にしていた。  霊柩車の後部座席に座っていた彼と順二はずっと下を向いたまま黙っていた。  後方からは彼等の乗る霊柩車の後を追い川崎の人達が車で火葬場へと向かっていた。  そしてそのさらにその後ろには、お通夜にも参加した友達達が霊柩車を自転車で追いかけていた。  「山田、負けるなよ。俺達がずっとついてるからな」  さすがに自転車じゃ車には追い付けず次第に友達達はフェイドアウトして行ったが、彼にとって彼等の励ましはとても心強かった。  そうこうしてるうちに母を焼く火葬場に着いた。  川崎の人達はずっと涙を流していた。  すると突然かずちゃんの母が火葬場に運ばれる母にたまらず叫んだ。  「雅子、雅子、なんで、なんでなの、雅子。これが、最後の別れなんていやだよ」     号泣しながら、彼の母に叫んでいた。  そんな言葉も虚しく響き渡り、母は火葬場の焼却炉に閉じられ、無表情の係員により焼かれるためのスイッチが入れられた。  その間は川崎の人達も彼も彼の父も順二も真っ白な時間だけが過ぎて行った。  焼却炉から出てきた母は、真っ白い骨になっていた。  その後のことはよく覚えていない。 ただ母の遺骨の入った骨壷を持った父の背中がとても悲しく見えたことだけは覚えている。    その横にいた順二は涙も流さずずっと佇んでいた。  
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