第一章 女装王子と男装侍女

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第一章 女装王子と男装侍女

 王宮からはときどき人が消える。  噂は聞いたことがあった。噂だと思っていた。  自分自身が消されるまでは。  女官見習いとして王宮の一角に部屋を与えられ、慎ましいながらも安定した生活を手に入れて、さあ人生これからだとサトリが思っていたときに。  真夜中、部屋に押し入ってきた騎士に「悪いな、これも仕事なんで」と言われて「人さらいが!?」と言い返したら「人さらいが」と色男めいた甘い顔だちに、大変悪い笑みを浮かべて肯定されてしまった。 「わたしをさらっても、身代金を払う人はいませんよ?」  一応確認しますけどわかってます? との意味から尋ねてみたが「金目当てではない」との返答があった。そのときにはもう、寝台にかかっていた薄い毛布にくるまれてすまきにされていた。  最後に、騎士はぺらっと顔にかかった毛布をはいでサトリの顔をのぞきこんだ。 「苦しくないか?」 「苦しいです」 「それは悪かった」  騎士は丁重に謝ってくれたが、同時に口の中に布切れのようなものをつっこんできた。その時になって、「ああ、大きな声で助けを呼べば良かったのか」と思い至った。何もかも遅い。  身動きかなわないまま、ひょいっと持ち上げられた感覚があった。自分が痩せ細っていることは知っていたが、こうも簡単に運ばれるほど軽いとは。 「メシちゃんと食ってんのか。手応えが骨と皮と筋だぞ」  ごく近いところで、騎士の声が聞こえた。 (ええ。煮ても焼いても食べるところはありませんし。女か? と聞かれる程度に全体的に薄いし)  わざわざ狙ってさらわれる要素がどこにもないのです。  一応暴れたり呻いたりはしたが、騎士の力は強かったし、廊下ですれ違う相手もいなかったのだろう。  部屋自体が裏門に近かったこともあり、誰にも助け出されることなく外に出てしまったようだ。 「ここまでしておいてなんだけど、悪いようにはしない。あっちについたら何か美味しいものでも食べよう。それまでは寝ていていいよ」  およそどの辺を信用して良いかわからない言葉の後は、声掛けらしいものはなかった。  やがて身体に伝わってきたガタガタと揺れる音や振動から、どこかへ運ばれているのだとはわかった。 (美味しいもの。美味しいものか……)  寝てていいというし。  ここはひとつ、寝てしまうべきか。  もはや手も足もでないのだし仕方ないと腹をくくったら、眠気がすうっと襲ってきた。
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