泣きたくない[市内某スナック]

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歌いながら歌詞を読んでいく。ああ亡くなった親御さんへのメッセージなんだ、この歌。 たぶんお母さんへなんだろうな、切なく思う。 母は健在だ。ずいぶん苦労させてしまった、これからはゆっくりと暮らしてほしい。 その母が、何日か前にノートを渡してくれた。晩年親父が毎日書いていたという。 少しイラつきながらパラパラとめくる、内容はだいたい毎日の食事内容と、私への感謝の言葉だった。 ふざけるな あれほど食事と生活に気をつけろと言ったのに、無視したのは誰だ 家族の前では健康食を食べていたが、隠れて缶ビールやワイン呑んでいたのは誰だ こんなものは感謝の気持ちじゃない、ただのご機嫌取りの言い訳だ ノートを叩きつけたい気持ちになった。 しかしそれは息子である私の場合だ、母には関係ない。ノートは機会があったら読むと言って受け取り、そのままにしてある。  歌いながらそんな事を思い出していた。曲も終盤にかかり間奏になる。マイクをおろしてPVを見ていると、見事な影絵が物語を演じていた。 子リスが歩いていると、大蛇があらわれて襲おうとする。 そこへ親リスが立ちはだかり、大蛇に呑まれてしまう、満足した大蛇は離れていき、子リスは独り取り残される。 そんな物語を見ていたら突然、涙が溢れだした。 もう何十年も使ってなかった涙腺が、やり方を思い出したように溢れさせる。 なぜだ まさか親父を思い出して ばかな あんな親父の為に流す涙なぞない そうだこれは歌のせいだ PVの影絵のせいだ けっして親父のためなんかじゃない その証拠に、歌いきってやる。けっして親父の為じゃないと証明してやる、絶対にな。私は最後のサビを歌うためマイクを持った。 だがモニターの歌詞が最後まで色が変わる前に、マイクを置いてしまい、顔を手で覆う姿勢になる。 眼前のその手は、親父の手そのものだった。 私は泣いた ーー 了 ーー
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