泣きたくない[市内某スナック]

3/4
前へ
/4ページ
次へ
 歳を重ね、会社の跡を継いで経理を見てびっくりした。稼ぎの半分を遊びに使っていて、借金まであったのだ。 当時は世界的不景気の真っ只中、こんなに使うならせめて半分を貯蓄にまわしてたら、もう少し楽に生活出来ただろうにと、恨らむ。 さらには会社の経営方針でももめて、ただ口をきかないを通り越して、ききたくもない間柄となった。 数年後、親父は遊び過ぎのツケで糖尿病となり、まったく働かなくなり、資金繰りで四苦八苦している私をよそに、ソファーに寝っ転がって、メジャーリーグの試合に夢中になっている。 それを横目で見ながら、怒鳴りつけたり張り倒したい気持ちを堪えて働いた。 寝る間を惜しんで働いている最中に、糖尿病起因の心臓病でポックリ逝き、葬式代も追加してくれたので、死んだことに悲しみは無く、むしろ怒りを感じていた。 結局、親父とはケンカ別れしたような感じで、永遠に口をきかなくなったわけだ。 借金の方は頑張って働いたおかげで、ようやく返済の目処がたち、今宵久し振りに夜の街に出たのである。 「ねえ、そろそろ歌ってよ。なんか暗いわよ」 マイクとリモコンをにこやかに差し出され、暗に売り上げに協力してねと、にっこりされる。 たしかに思い出し怒りをやっているよりは、歌って発散する方が健全か。リモコンを持つが、しばらく遊んでいなかったので、特に歌いたいものが思いつかない。 迷っているとママからリクエストされた。今流行りの、男性デュオの曲だった。 ラジオやテレビで耳にしていたが、よく知らない。とはいえ、歌いあげるより大声で発散する方なので、気にせずマイクにスイッチを入れる。 モニターがセピア色に染まる、イントロを聴きながら歌詞を目で追い、時々PVを見る。影絵(シルエット)が郷愁を誘う。 いい歌だな。
/4ページ

最初のコメントを投稿しよう!

4人が本棚に入れています
本棚に追加