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少女は困惑したまま歩いている千歌を見る。千歌はゆっくりと太陽の沈む赤くなった海を眺める。赤色の空には数羽のカモメが飛び、キラキラと輝く海が広がっている。
千歌「・・・あなたみたいにずっとピアノを頑張ってきたとか、大好きなことに夢中でのめり込んできたとか。将来こんな風になりたいって夢があるとか。」
そう言って千歌は浜辺に落ちていた何の変哲もない石ころを拾い上げると、その石を使って水切りをした。石はピョンピョンと飛び跳ね、9回目に海に沈んだ。その光景を見た千覇は素直に感心した。平たい石を選んで水切りをするとよく飛ぶと聞いたことがあるが、浜辺にあった石でやったにしてはなかなかの回数だ。千歌は海を眺めながら話を続ける。
千歌「・・・そんなのひとつもなくて。・・・私ね普通なの。私は普通星に生まれた普通星人なんだって。どんなに変身しても普通なんだって、そんな風に思ってて・・・。それでも何かあるんじゃないかって・・・思ってたんだけど。気が付いたら高2になってた。・・・まずっ!このままじゃ、ほんとにこのままだぞ!普通星人を通り越して、普通怪獣ちかちーになちゃうって。」
そういいながら体を揺らす千歌。最後には「がおー!」と言いながら少女に顔を近づける。その後も、後ろを向きながら子供がよく使うような擬音語を使う。そして、少女の方をみると、少女は初めて、笑った。
千歌「そんな時、出会ったの。あの人たちに。皆私と同じような、どこにでもいるような普通の高校生なのに、キラキラしてた。・・・それで思ったの。一生懸命練習して、みんなで心を一つにしてステージに立つと、こんなにもかっこよくて、感動できて・・・素敵になれるんだって。スクールアイドルって、こんなにも、こんなにも、こんなにも!キラキラ輝けるんだって!」
千歌「・・・そして思ったの。私も仲間と一緒に頑張ってみたい。この人たちが目指したところを、私も目指したい。私も、輝きたいって!!」
聴いているだけで分かる。それが千歌という少女の「原点」なのだと。何もなかった自分、普通だと思った自分に、キラキラして、心惹かれて、憧れたもの、それが「スクールアイドル」だったのだと。見えないけど海を見つめるその瞳は、夢に向かって走る、輝いた眼をしているのだろう。聴いてるだけで、千覇にだってわかる。・・・『よく知っているから。』
「・・・ありがとう。なんか、頑張れって言われた気がする、今の話。」
千歌「・・・ほんとに?」
「ええ。スクールアイドル、なれるといいわね。」
千歌「うん!あ、私、高海千歌!あそこの丘の上にある浦の星女学院って高校の二年生。で、千覇くんもそこの生徒だよ。」
驚いた表情で少女が千覇の方を見る、女学院と言われたのに男である千覇がいるのは、やはりおかしいと思うのだろう。
千覇「・・・共学化の為に試験的に編入することになっただけで、他の意味はないよ。・・・空芽千覇だ。空に植物の芽で空芽、千に覇王の覇と書いて千覇だ。」
「そうなんだ。二人とも、同い年ね。私は桜内梨子。高校は・・・音ノ木坂学院高校。」
梨子の口から告げられた高校の名前に、千覇の心臓がドクンと強く脈打った。『音ノ木坂学院高校』、そのワードを起点にして点と点が結ばれて行き、脳裏によみがえるあの日の光景。忘れることのできない思い出が、フラッシュバックする。燃える炎、視界をかすめる白黒の煙、そして、届かなかった手・・・。
千歌はその名前を聞いて興奮していた。千歌のはしゃぐその声で、千覇は思い出の奔流から現実に戻った。気がつけば、持っていた缶コーヒーは半分近くに凹んでしまっていた。
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