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ラムネ味の呪い
私とあの子は、同い年。小学3年生の時からずっとクラスが一緒の、所謂親友というやつだ。私たちはどこにでもいる有り触れた親友だったと思う。
「やべっ。教科書忘れた」
「また?借りてくる?」
「あと何分?!」
「ん〜、後1分」
「じゃ、ダッシュだ!」
「変なところで律儀だよね」
「そぉ?」
「だって、そんな約束守る必要ないのに」
「1回言ったら守るべきだろ」
「えらい」
「だろ〜?」
私は口が少し悪いだけでどこにでもいるような子供だ。あの子もこれと言って特徴はない子だった。強いて言うなら、私がやんちゃで、あの子はシャイだった。
「ずっと好きだった」
夏真っ盛り。正に青天の霹靂。
周りの音が遠くなって、目がいやに冴える。汗が肌を伝う感覚が鮮明で、口の中が乾いて喉に痛みが走っていく。
手に持ってるバニラアイスが溶けて、手に垂れてくることを気にしないほどに動揺した。
「ごめん。気持ちの整理が着いたら返事する」
そう答えるのが精一杯だった。
それから3日経って、私はあの子を呼び出した。
夏の夜、暑いからラムネを買って地べたに座る。ビー玉を瓶の中に押し入れて、何となく乾杯した。
「あのさ、フる前に約束して欲しいんだけど」
「…」
「今日のこと、絶対に忘れないでいてほしい」
「何それ」
「いいから、約束して」
小指を出されて、つられるように小指を出し、絡め、唄に合わせて揺らす。
「指切りげんまん嘘ついたら針千本飲ます」
「指切った」
同時に小指を下ろせば視線が合った。あの子は逃げないと決めていた。私も逃げられなかった。
「返事、教えて欲しい」
「…………ごめん」
あの子の唇が一瞬震え、その後、いつもの顔になった。どこにでもいる子供の顔。
いきなり唇が重なる。熱が直に伝わり、血管の脈まで聞こえてきそうだ。私は目を開けたままだった。あの子もこちらを見ていた。
唇が離れる。
「1回でいいからしてみたかった」
「…お前なぁ…」
私は呆れたような声を上げ、いつもの調子を取り戻そうとした。でも、咄嗟に口を閉じた。じっとりと見つめられる。
愛してる。好きだよ。
そんな綺麗な言葉で表せそうもない双眸。
「約束だからね。今日のこと、忘れないで」
「これから、私の顔見る度に、誰かに告白されたり、フッたり、他の人とキスする度に今日のこと思い出してね」
「これからどんなに好きな人が現れても、その人とキスする度に私のこと考えるよ、きっと」
随分、幸せそうで苦しそうな声で告げられる。
「一生愛されないなら、一生忘れられない人になりたいんだ」
薄く笑った。じっとりとした目から美化されていない剥き出しの愛が降り注ぐ。
あんたの隣にいられないなら、心に住み着いてやる。
あの子は私の頬にそっと触れてきた。宝石にでも触れるような優しさで。たじろいでいると、あの子から表情が消える。
「今日のこと、絶対に忘れないでね」
「それじゃあ、もう帰るね」
「…うん」
いつもの帰り道。いつもの分かれ道まで一緒に歩いた。こんな時まで、変に律儀だ。終始無言だった。
「またね」
「うん」
私は右。あの子は左。
「っはぁー………マジか…」
分かてすぐ、私はその場にしゃがみこんだ。こんな一面知らなかった。知る必要なかった。
私の思考はすぐに止まった。
涙の音が聞こえる。向こうの分かれ道、あの子が進んだ左の道。
手に持った空のラムネの瓶を両瞼に当てた。まだ少し冷たい。
あの子のラムネ味がまだ唇に乗っている気がした。
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