『4人と1匹』の作戦会議

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「考えられる最悪のパターンは毒がブラフだと気付かれること。それから、蛇だから神経毒をもっていて二人まとめて動けなくすることが可能な場合。血清をもっていて毒自体が無駄だと考えられてしまうこと。いろいろ考えられる。けど、『自殺するかもしれない』という不安を突きつけ、『交渉にのる』『のらない』という不自由な選択肢をわざと差し出せば、思考を自殺を前提とした二者択一に誘導しやすい。そうすると他のことが考えにくくなる。ようは頭がまともに働かない状態にする」 「そんなうまくいくのか?」 「少なくとも末井には極めて有効だぞ? お前、サニーに目の前でこいつらを殺すといわれたら、全員で逃げるより無意識にこいつらの前に立つだろ?」 ナナオさんは、アハハ……と乾いた笑いを響かせる。 あの、本当に前例があるからやめて。 「特に緊急で選択しないといけない、と思わせられたなら、他のことはなおさら浮かばない。そして、最終的に自殺を避けるために即死させるという決断を自ら行ったと思わせる。東矢の発言に不自然さを覚えないように。それで蛇のほうは」 藤友君はちょっと視線をさまよわせて、目をそらせたままいいづらそうに言う。 「蛇にはキーロさんを即死で殺したい思わせる。キーロさんをいたぶるより美味い餌を鼻先にぶら下げる。聞いた限り蛇はドSで、蛇にとって東矢はストライクゾーンの真ん中よりだ。だから、蛇を誘惑して、釣り上げろ。死にたくないとか、痛いのは嫌とか、助けて、とか、哀れげに必死に慈悲を乞う。こういう手合いは「殺してほしい」ってのもかなり効くかな。多分、キーロさんとサニーはどうでもよくなって、東矢しか見えなくなる」 えっ、ちょっと意味がわからないんだけど。 藤友君は今度は僕と目を合わせて真剣な声でいう。 「いいか、馬鹿馬鹿しく聞こえると思うが、まじめな話だ。そもそも蛇はキーロさんもサニーも時間をかけていたぶり殺したいと思っている。この認識を破棄させないといけない。そのためにはより魅力的な選択肢が必要だ。蛇に我を忘れさせてキーロさんとサニーはどうでもいいと思わせろ。さっきもいった通り、一撃で死ぬような攻撃でないと蛇は倒せない。失敗すれば警戒されるし、おそらく二度目はないと思う。だから、一度にどれだけ蛇を興奮させるかが勝負だ」 「それ、本気?」 「残念ながら本気だ。このタイプの怪異は案外単純だ。力に自信があるし自尊心も高いから自分が騙されるとは露ほども考えていない。多分煽り耐性も高くない。だから、2度目はないが、最初の1回を引っ掛けるのはそう難しくはない、……俺の経験上も間違いない」 微妙な沈黙が流れる。藤友君にいったい何が。 「東矢の苦痛は蛇にはマストだから、苦しまないという条件は蛇が飲むはずがない。サニーの頭を自殺に釘付ければ、選択肢も、自然と自殺を回避する他の方法、つまりキーロさんを即死させる方向に流れると思う。蛇はとっととキーロさんを殺して東矢を捕まえたい。目的は違っても意見はあう。だから、キーロさんを即死させる方向で動くと思う」 「あの、僕、自信ない……」 「わかってる、お前に咄嗟の対応は期待していない。全く。むしろしゃべると全てがダメになる予感がする」 これまでの僕の残念対応が、頭の中を次々と通り過ぎる。 「それにそもそも動けないかもしれないしな。だから録音でもしようか。東矢とキーロさんの位置を誤認させるのにも有効かもしれない。この流れはサニーにも使えそうだな。内容については……そうだな、キーロさんは東矢を巻き込んだんだから、東矢と自分が苦しまないで死ねるならあえてサニーに殺されてもよい、とかいうバーターは不自然じゃないんじゃないかな」 「ボッチーさん、本当にごめんなさい」 キーロさんが唇をかみしめて、苦しそうに視線をそらす。 別に藤友君はキーロさんを責めて言ってるわけじゃないと思うよ。 素なだけで。 その後も少し話し合ってみたけど、他にいい案は浮かばなかった。 僕もキーロさんも小柄で、根本的にあの巨大な蛇に敵うとは思えない。それならやはり、騙し討ちしかないのかも。
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